
シャトー・ブラナ・グラン・プジョー
フランス/ボルドー

シャトーのルーツを尊重し、未来へと進化させる
シャトー・ブラナ・グラン・プジョーの古い記録は限られるが、18 世紀後半にはすでに存在したと伝わる。現在のシャトーとしての始まりは、ジャスティン・オンクランがプルケリ家からシャトーを購入した2002年と言える。彼は荒廃した畑や建物ではなく、ブラナ・グラン・プジョーの持つテロワールを信じ、購入を決断。ブドウ畑の整理とセラー・醸造設備の全面的な改修を行った。信念は二つ――シャトーの遺産とルーツを尊重すること、そして新しいビジョンと情熱を吹き込み、未来へと進化させること。起点はテロワールへの確信と、そこに近代化を重ねる意思であった。初期はミシェル・ロランがコンサルタントとして携わり、ボルドーおよび南アフリカでワイン造りに携わってきた醸造家アルイェン・ペンが2005年から指揮を執る。さらに2012年以降は、シャトー・アンジェリュスの共同所有者で、同シャトーをサン=テミリオンのプルミエ・グラン・クリュ・クラッセAに導いたユベール・ド・ブアールがコンサルタントとして参画している。彼はブラナ・グラン・プジョーでも、区画ごとの仕込み設計、光学選果の最適化、グラビティ・フロー・システムの導入、新樽比率・トーストの微調整、清澄・濾過の是非判断など、細部の規律をもたらした。テロワールを正確に映す品質主義への連続的な投資が結実し、ブラナ・グラン・プジョーは各評価誌においてムーリスで最も高評価を得るシャトーへと進化した。

知る人ぞ知る隠れた銘醸地ムーリス
ムーリ=ザン=メドック(以下、ムーリス)は、ジロンド左岸の中心にひっそりと広がる“秘められた”村名アペラシオンである。総面積は約 600 ha。南にマルゴー、北にサン=ジュリアンとポイヤックを従え、AOC は東西約 7 km の帯状に連なる。この特異な地形が並外れたテロワール多様性を生み、東部の河畔寄りの砂利質から西部の砂質・粘土質の平野まで、メドックを代表するあらゆる土壌が凝縮するゆえに、しばしば「メドックの縮図」と呼ばれる。ブラナ・グラン・プジョーはムーリス東部に広がるグラン・プジョー高台(Plateau Grand Poujeaux)に畑を構え、ここではガロンヌ由来のグンツ期砂礫層が表土を覆い、下層に粘土・石灰が重なる。「これらの土壌構成はポイヤックやマルゴーの第一級と同様で、表土の高い排水性が根を深く導き、下層が乾燥期の保水を担う。結果、種子とフェノールの成熟が同時にピークへ達しやすい。熱容量の大きい礫は冷年に効き、夜間の放熱は酸保持に寄与する。これこそ“ボルドーの秘められた秘密”と呼ばれる理由だ」とアルイェン・ペンはこの土地のメカニズムを説明する。畑は合計 17 ha。細かく 12 区画に分かれ、土壌・品種・樹齢の組み合わせが独自の個性を形づくる。「醸造は区画ごとに行い、複雑さと奥行きを引き出す」とも語る。植栽比率はカベルネ・ソーヴィニヨン 45 %、メルロ 50 %、プティ・ヴェルド 5 %。カベルネは香りの強度と緊張感、熟成力を、メルロは色調と豊かさ、まろやかさを、プティ・ヴェルドは骨格と芳香の奥行きを担う。


高品質なワイン造りとシャトー運営における社会的責任
「ブラナ・グラン・プジョーにおけるブドウ栽培とワイン造りは、伝統的知見とモダニズムをつなぐアプローチだ」。そうアルイェンは自分たちの哲学を要約する。彼らのキーワードは、テロワールを正確に反映する高品質な栽培、それを液体で表現するためのグラビティ・フロー・システム(ブドウに余計なストレスを与えない搬送・仕込み)、そしてワイナリー運営全体を通じた循環型への取り組みである。栽培では、高品質な果実を得るため最大 9,000本/ha とメドックのトップ・シャトーに並ぶ高密植で根の競合を促す。また、多様な土壌の個性を表現するため、それぞれの区画ごとに醸造を行う。「醸造はグラビティ・フロー・システムのセラーを核に、低ストレス搬送 → 厳密な選果 → 区画別発酵 → 樽内 MLF → 18 カ月前後の樽熟というスタイルで統一する。容器はステンレスとオークを使い分け、抽出は温度と浸漬のパラメーターを細かく管理している。清澄・濾過の是非はヴィンテージのタンニン質に合わせて最終判断する。ド・ブアールの助言が効くのは、まさにこの“秩序立った抽出とテクスチャー設計”の領域で、タンニンの粒子感を微細化しつつ、口中の中心線をぼかさない均衡点を選ばせるところにある。結果として、黒果実の芯、グラファイトの線、ビターチョコ/エスプレッソの陰影、そこに控えめなスミレと甘草が寄り添う、そんな立体感が生まれる」とアルイェンは理想的なワイン造りのための精緻な設計図を説明する。
また、ブラナ・グラン・プジョーでは 2018 年以降、HVE(Haute Valeur Environnementale)レベルⅢ認証を取得しており、化学農薬抑制・土壌保全・生態系維持を重視する農法を進めている。アルイェン・ペンは「私たちは農薬や除草剤の使用をやめ、土壌を機械的に耕す方法に切り替えた。肥料も羊の堆肥など自然由来のもののみを使う。HVE はブドウ畑の資材だけを見る認証ではなく、ワイナリーの排水処理まで含めて“生産チェーン全体”を評価する。さらに雨水の回収や全体の水使用量の削減にも取り組んでいる」と述べる。ワインの品質において地区を代表するシャトーとなったブラナ・グラン・プジョーは、持続可能なワイン造りにおいても地区を牽引する存在となる。

生産者ストーリー
【隠れた銘醸地に脚光を、アペラシオンを代表する生産者としての責任】
2025年で第4回を迎えた Slow Wine Fair。環境への配慮と土地への敬意を軸に、サスティナブルなワイン造りを実践する造り手だけが集う試飲会。弊社取扱のキアラ・コンデッロをはじめ、ピエモンテのカッシーナ・フォンタナやモンタルチーノのラニャイエなど、イタリアを代表する生産者たちも多く出展していた。イタリアの著名生産者のワイン試飲をひと通り終え、イタリア以外のワインも試してみようとフランスのブースを巡っていたとき、偶然立ち寄ったボルドーの小さなブースが目に留まった。ボルドーワインの国際市場での苦戦を知っていたこともあり、正直、ボルドーを積極的に扱うつもりはなかった。それでも、近年ボルドーにおいてサスティナブルなワイナリー運営が広まっているとの情報を確かめるため、試飲しながら話を聞いてみることにした。あるブースでグラスを傾けた瞬間、認識は裏返る。液体が舌の上でほどけると同時に、長く閉ざされていた扉が静かに開くような感覚。深みのある果実、揺るぎない構造、静かな熱。理論ではなく感覚で感動する味わい。イタリアの偉大な造り手たちを味わった後でもなお、その一杯は圧倒的な説得力を持って心を打った。それがシャトー・ブラナ・グラン・プジョーとの出会いだった。
現在へ続く物語は2002年、ジャスティン・オンクランのシャトー買収から始まる。荒れていた畑と施設に手を入れ、再植樹と設備の刷新を断行。早い段階からコンサルタントを据え、設計図を磨いてきた。初期はミシェル・ロラン、その後ステファン・デュロンンクールを経て、2012年にはユベール・ド・ブアール(シャトー・アンジェリュス共同所有者)を招聘。ブアールは区画ごとの仕込み設計、畑での徹底選果と光学選果の二重選果、グラビティ・フロー・システムの採用、新樽比率とトーストの精緻化、清澄・濾過の是非判断まで、細部の規律を行き渡らせた。積み重ねは味に直結し、今日では各評価誌でムーリス最高評価の常連へと押し上げている。
ワイン産地としてボルドーを学んでいると、どうしてもスターシャトーが乱立するメドックの著名アペラシオンや右岸のトップ・シャトーばかりに注目し、ムーリ=ザン=メドックという小さく細長いアペラシオンは地味に映ってしまう。しかし、”隠れた銘醸地”としての条件は揃っている。南にマルゴー、北にサン=ジュリアン/ポイヤックを臨み、AOC は東西に細く約7kmの帯を成す。東側は小石混じりの砂利、内陸に進むと砂質・粘土質が広がるという“メドックの縮図”のような土壌配列が特徴だ。ブラナ・グラン・プジョーはムーリス東端のグラン・プジョー台地に17 haを所有する。「表土はグンツ氷期のガロンヌ砂礫、下層に粘土・石灰が重なる。砂礫は水はけを担い、粘土・石灰が保水と骨格を支えることで、果皮・種子の健全な熟度と引き締まった酸、緻密なタンニンを同時に狙えるのがこの台地の持ち味だ」と彼らは説明する。敷地は12の小区画に分かれ、区画ごとに収穫・仕込みを行い、最終ブレンドで奥行きを設計する“モザイク発想”が中核にある。「私たちグラン・プジョーのテロワールは格付級に比肩し、マルゴー、サン=ジュリアン、ポイヤック最良の畑に匹敵すると考えている」とアルイェン・ペンは語る。

「栽培と醸造において“ブドウに無理をさせない”ことが軸」と語るように、選果・区画別仕込み・樽内MLFを、グラビティ・フロー・システムを核に組み立てる。栽培では、高品質な果実を得るため最大 9,000本/ha とメドックのトップ・シャトーに並ぶ高密植で根の競合を促す。また、多様な土壌の個性を表現するため、それぞれの区画ごとに醸造を行う。「醸造はグラビティ・フロー・システムのセラーを核に、低ストレス搬送→厳密な選果→区画別発酵→樽内 MLF→18カ月前後の樽熟というスタイルで統一する。容器はステンレスとオークを使い分け、抽出は温度と浸漬のパラメーターを細かく管理している。清澄・濾過の是非はヴィンテージのタンニン質に合わせて最終判断する。ブアールの助言が効くのは、まさにこの“秩序立った抽出とテクスチャー設計”の領域で、タンニンの粒子感を微細化しつつ、口中の中心線をぼかさない均衡点を選ばせるところにある。結果として、黒果実の芯、グラファイトの線、ビターチョコ/エスプレッソの陰影、そこに控えめなスミレと甘草が寄り添う、そんな立体感が生まれる」とアルイェン・ペンは理想的なワイン造りのための精緻な設計図を説明する。
「品質において私たちはムーリスを代表する造り手と呼ばれるまでになった。これからはシャトーとしてこのアペラシオンを牽引していく責任があると考えている。」そう語るように、持続可能なシャトー運営を目指し取り組みを進めている。ブラナ・グラン・プジョーでは 2018 年以降、HVE(Haute Valeur Environnementale)レベルⅢ認証を取得しており、化学農薬抑制・土壌保全・生態系維持を重視する農法を進めている。アルイェンは「私たちは農薬や除草剤の使用をやめ、土壌を機械的に耕す方法に切り替えた。肥料も羊の堆肥など自然由来のもののみを使う。HVE はブドウ畑の資材だけを見る認証ではなく、ワイナリーの排水処理まで含めて“生産チェーン全体”を評価する。さらに雨水の回収や全体の水使用量の削減にも取り組んでいる」と述べる。


近年、供給過多や国内外の嗜好変化により厳しい局面が続くボルドーワイン。トレンドから遠ざかり、古典的な存在と見られがちだが、一度先入観を捨ててグラスの中の液体と向き合えば、そこには驚くほどの感動が待っている。熟成を重ねた深み、静かな気品、そして造り手たちの情熱が、時代を超えて語りかけてくるようだ。ボルドーが持つ真の魅力は、流行ではなく”本質”で人を魅了する力にある。その一杯に宿る感動を、ぜひ改めて感じてみてほしい。
DATA
造り手:アルイェン・ペン、ユベール・ド・ブアール
国/地域:フランス/ボルドー
栽培面積:17 ha
