
ウィルズ・ワイン
フランス/ローヌ

ワインを“選ぶ側”から“造る側”へ—イギリスからローヌへ至る10年
ウィル・アーノルドはイギリス、ケント出身。ワイン造りの家系に生まれたわけではない。しかしワインは幼少期から常に身近にあった。父ジョン・アーノルドは1998年にA&B Vintnersを創業し、イギリスで最も信頼されるワインマーチャントの一つへと育て上げた人物である。家庭の食卓には土地の個性を明確に映し出すワインが並び、産地や生産者についての会話が日常にあった。ウィルは「造る側」ではなく、「選び抜かれたワインに囲まれて育った世代」である。やがて彼はこう考えるようになる。「ワインをより深く知るには、ワインが生まれる現場を知る必要がある。」2014年、ドメーヌ・ピエール=イヴ・コラン=モレでの収穫参加が転機となる。流通から畑へ。そこから約10年に及ぶ修業が始まった。ジャン=ルイ・シャーヴ、ジュリアン・ピロン、デニス・ヴォルフ、ブリック・ハウス、セレシン・エステート。ブルゴーニュ、ローヌ、ファルツ、オレゴン、ニュージーランド。南北両半球を横断しながら、彼は技術だけでなく「判断」を学んだ。2019年、ジュリアン・ピロンのセラーマスターを務めていたタイミングで、ウィルは初めて自らの名を冠するワインとしてシラーColombier-le-vieuxを数樽仕込んだ。これがWills Wineの実質的な出発点である。構想は以前から抱いていたが、日々の醸造現場で培った判断と技術が、自分自身の表現として結実した瞬間だった。2022年まではジュリアン・ピロンのカーヴを借りながら、自身のプロジェクトを並行して進めていく。彼がローヌを拠点に選んだ理由は、驚くほど素直なものだった。「初めて訪れたとき、畑の景色がとても美しいと感じた。」花崗岩の斜面、風に開かれた丘陵、光が抜ける空気感。北ローヌ特有の緊張感と透明感を併せ持つ風景が、彼の感覚に強く響いたという。ローヌに血縁はない。だからこそ、この土地を“選んだ”。Wills Wineは継承ではなく、選択から始まったプロジェクトである。


土地を所有しないテロワール表現—ネゴシアンという自由
現在ウィルは、自社畑を持たず、すべてのブドウを購入するネゴシアンスタイルを採用している。一般にネゴシアンワインはドメーヌに比べ劣ると見なされがちだが、若い生産者にとってはむしろ大きなアドバンテージとなり得る。重要なのは、誰から果実を託されるかである。ウィルは「自分の価値観に沿う栽培者からのみ果実を購入する」と明言する。オーガニック認証、あるいはそれに準じた栽培を行う生産者に限定し、畑の管理を見届け、自ら手摘みで収穫する。「買いブドウであっても畑を理解し表現することが最も重要であることは変わらない。だから毎年同一の畑からブドウを購入している」と、畑の声を学びながら表現を磨く姿勢は一貫している。2024年には、これまで購入してきた畑の一部を長期賃借し、栽培工程への関与をさらに深める段階へと入った。ネゴシアン中心から、栽培への主体的関与へ。プロジェクトは次の局面へ進みつつある。ブドウを購入する畑は南北ローヌとその周縁に分散する。セギュレの粘土石灰とガレ混在土壌から生まれるavant midi、サン=ジャン=ド=ミュゾルの分解花崗岩土壌によるhameau de luc、ミルリーやタリュイエの花崗岩土壌からのfond cajou。地域横断的なアプローチも特徴的で、blue plateauでは南ボジョレーのガメイとアルデッシュのシラーをブレンドする。さらにクルトゾンの南向き砂質土壌からは、樹齢65年のグルナッシュ主体のヴァン・ド・フランス、sand castlesが生まれる。この区画は、シャトー・ラヤスのシャトーヌフ・デュ・パプの畑に隣接する区画であり、同様に砂が支配的なテロワールを共有している。「砂質土壌のグルナッシュはいつだって特別なものだ」とウィルは語る。セラーがアペラシオン区域外にあるためヴァン・ド・フランスへと格下げしてのリリースだが、その地理的制約はむしろ表現の自由へと転化している。少量のグルナッシュ・ブランを加えることで、構造に奥行きとニュアンスを与えることが可能になったのである。テロワールは分散している。しかしウィルの価値観は一貫している。


エネルギーを残す醸造—軽やかさというローヌの再解釈
「セラーでの作業で最も大切にしているのは、シンプルな醸造によってワインのエネルギーを保つこと。自分自身が友人や家族と分かち合いたい味わいを目指している。」ウィルの醸造の核は低介入にある。白は全房プレス、赤は50-100 %全房発酵。野生酵母による自然発酵を行い、無清澄・無濾過で瓶詰めする。亜硫酸は必要最小限のみ添加する。2022年まではジュリアン・ピロンのセラーを借りてワインを仕込んでいたが、2023年以降はディディエ・ジェランの旧カーヴへ移転し、自らのセラーで醸造を行っている。コンクリートタンク、ファイバータンク、樽を併用する体制を整えた。「自分が目指しているスタイルを、より表現できる環境になった。」そう語るように、二層構造の地下セラーと複数のコンクリートタンク、プレス機を備えたことで、全房プレスや全房発酵など、自身の意図をより明確に実行できる環境を得た。赤の抽出は”全房×穏やか”が中心線にある。avant midiは100 %全房、コンクリート発酵、12カ月ドゥミ・ミュイ熟成、無濾過。クランチーさと明るさを保つことを狙ったスタイルである。fond cajouでは全房インフュージョン、カルボニック、除梗を組み合わせ、600 L/400 L樽とステンレスを併用する。白は全房プレスを基本とし、350 L樽での発酵・熟成、澱との接触を重視する。木樽内でマロラクティック発酵を終え、熟成中は澱引きを行わず、瓶詰2カ月前にのみ澱引きを行う。亜硫酸はゼロではなく最小限。さらにビオディナミの考え方に基づき、月齢を意識した澱引きや瓶詰も実践している。「私にとってワインで大切な要素は、フレッシュで軽快さがありながら輪郭があり、同時に力強さではなくエネルギーに満ちていること。そしてミネラルがしっかりと感じられること。」ローヌの典型的な重さを避け、シルキーで飲みやすいスタイルを志向する。若いうちの親しみやすさを持ちながら、熟成の可能性も残す設計である。幼いころから素晴らしいワインに囲まれて育ったウィル。生まれ育った環境に世界各地での経験が重なり、ワイン生産者としての思想を形づくってきた。Wills Wineは、ローヌという成熟の土地で「エネルギー」をどう保つかという問いへの応答である。継承ではなく、選択。誇張ではなく、均衡。その姿勢が、彼のワインの輪郭を形づくっている。

生産者ストーリー
【ローヌを自由に再解釈する、エネルギーと浮力を備えたスタイル】
友人たちとのワイン会で最初にそのワインを飲んだとき、どこかローヌらしくないローヌだと感じた。香りは開いているのに、重さがない。果実は熟しているのに、どこか風が通る。口中には張りのある酸とミネラルがあり、全体に軽やかな浮力のようなものがある。ローヌのワインにしばしば感じる濃密さや温度感とは、少し違う輪郭だった。グラスを見つめながら、ふと思った。このワインを造ったのは、ローヌで生まれた人間ではないのかもしれない。後に知ることになる。その直感は間違っていなかった。
造り手であるウィル・アーノルドは、イギリス南東部ケント出身である。ワイン造りの家系ではない。しかしワインは幼い頃から彼の生活の一部だった。父ジョン・アーノルドは1998年にA&B Vintnersを創業し、英国でも屈指の信頼を集めるワインマーチャントへと育て上げた人物である。家庭の食卓には世界各地の優れたワインが並び、生産者や土地の話が自然と交わされる。ウィルは「造る側」の家系ではなく、「選び抜かれたワインに囲まれて育った世代」である。やがて彼はある疑問を抱くようになる。ワインを本当に理解するには、どこを見ればいいのか。その答えは畑にあった。2014年、ブルゴーニュのドメーヌ・ピエール=イヴ・コラン=モレで収穫に参加したことが、彼の人生を大きく変えた。そこから約10年にわたる修業が始まる。ジャン=ルイ・シャーヴ、ジュリアン・ピロン、デニス・ヴォルフ、ブリック・ハウス、セレシン・エステート。ブルゴーニュ、ローヌ、ファルツ、オレゴン、ニュージーランド。南北両半球を行き来しながら経験を積み、彼は醸造技術だけではなく、土地を読み取る「判断」を学んでいった。


2019年、ジュリアン・ピロンのセラーマスターを務めていた時期に、彼は初めて自らの名を冠するワインを仕込む。シラーcolombier-le-vieux。わずか数樽だったが、これがWills Wineの始まりとなった。2022年まではジュリアン・ピロンのカーヴを借りながら自身のワインを仕込み、2023年にはトゥパン=エ=スモンにあるディディエ・ジェランの旧カーヴへ拠点を移す。コンドリューの丘陵に隣接する地下セラー。そこに彼自身の醸造拠点が整った。彼がローヌを選んだ理由は、驚くほど率直なものだった。「初めてこの土地を訪れたとき、畑の景色がとても美しいと感じた。」北ローヌの畑は劇的な地形を持つ。花崗岩の急斜面に張り付くように広がる畑、ローヌ川を吹き抜ける冷たいミストラル、南から差し込む強い光。その景観にはどこか緊張感があり、土地そのものが強い個性を放っている。ローヌはヨーロッパでも最も古いワイン産地の一つである。古代ローマ時代にはすでにブドウ栽培が行われ、中世には教会や修道院によって畑が管理された。長い歴史の中でこの土地は、力強く密度のあるワインを生み出す産地として知られるようになる。特に北ローヌでは、花崗岩土壌とシラーという品種が結びつき、凝縮感と深い構造を持つワインが伝統となってきた。ウィルのワインは、その伝統の中にありながら、少し違う方向を見ている。



現在、彼は自社畑を持たず、すべてのブドウを購入するネゴシアンスタイルでワイン造りを行っている。一般にネゴシアンはドメーヌに比べて劣ると見なされることもあるが、若い造り手にとってはむしろ柔軟な表現を可能にする方法でもある。重要なのは誰から果実を託されるかだ。ウィルは、自らの価値観に沿う栽培者からのみブドウを購入する。オーガニック認証、あるいはそれに準じた栽培を行う畑に限定し、管理を確認したうえで自ら収穫を行う。そして毎年同じ畑からブドウを購入することで、土地の個性を理解しながらワインを磨いていく。「買いブドウであっても畑を理解し表現することが最も重要であることは変わらない。だから毎年同一の畑からブドウを購入している。」2024年には、これまで購入してきた畑の一部を長期賃借し、栽培への関与も深め始めた。


ブドウの供給源は南北ローヌとその周辺地域に広がる。セギュレの粘土石灰土壌から生まれるavant midi、アルデッシュの分解花崗岩土壌によるhameau de luc、リヨネ地区の花崗岩からのfond cajou。さらに南ボジョレーのガメイとアルデッシュのシラーをブレンドしたblue plateauなど、地域を横断するキュヴェも存在する。南ローヌ、クルトゾンの砂質土壌からはsand castlesが造られる。樹齢65年のグルナッシュ主体のワインであり、この区画はシャトー・ラヤスの畑に隣接する場所に位置する。「砂質土壌のグルナッシュはいつだって特別なものだ。」セラーがアペラシオン区域外にあるためヴァン・ド・フランスとしてリリースされるが、その制約はむしろ自由な表現へとつながっている。セラーで彼が最も大切にしているのは、ワインのエネルギーを保つことだ。「シンプルな醸造によってワインのエネルギーを保つこと。そして自分自身が友人や家族と分かち合いたい味わいを目指している。」白は全房プレス、赤は50-100 %全房発酵。野生酵母による自然発酵を行い、無清澄・無濾過で瓶詰めする。亜硫酸は必要最小限のみ添加する。赤ワインの抽出は”全房×穏やか”が中心にある。avant midiは100 %全房発酵で造られ、クランチーで明るい果実感を保つスタイル。fond cajouでは全房インフュージョンとカルボニック、除梗を組み合わせる。白ワインは全房プレスを基本とし、澱とともに熟成させる。木樽内でマロラクティック発酵を終え、熟成中の澱引きはほとんど行わない。さらに月齢を意識した澱引きや瓶詰も行う。
「私にとってワインで大切なのは、フレッシュさと輪郭。そして力強さではなくエネルギーだ。」ローヌの伝統は、しばしば力強さや厚みで語られる。しかしウィルのワインは、その内側に軽やかな浮力を持つ。果実は熟しているが重くならない。構造はあるが、どこか風が通る。それはローヌの伝統を否定するものではない。むしろ、その土地を別の角度から見つめ直す試みと言える。
継承ではなく、選択。誇張ではなく、均衡。
Wills Wineは、ローヌという成熟した土地で「エネルギー」という言葉をどのようにワインに宿すのか。その問いに対する、一人の造り手の静かな答えである。
DATA
造り手:ウィル・アーノルド
国/地域:フランス/ローヌ
