
カストルム・ロケ
イタリア / ピエモンテ

イタリアの伝説アッコマッソの下で修業
バルトロ・マスカレッロ、ジュゼッペ・リナルディ、ジュゼッペ・マスカレッロ、ジョヴァンニ・カノーニカなど、バローロには偉大で伝説的なワイン生産者が数多くいる。その中でも、ラ・モッラ村に居を構えるロレンツォ・アッコマッソは幻とも言える存在である。全生産量がわずか12,000本と非常に少なく、そのほとんどを直接訪れる固定客に販売する。そのため、市場への流通は非常に限られており、世界最大のワイン市場であるアメリカにも輸入されていない。そんなワインが日本に輸入されていることは驚異的である。アッコマッソはワインラヴァーにとって幻であると同時に、ワイン生産者にとっても同様である。ロレンツォ・アッコマッソがワイン造りを始めたのは1950年代初頭で、バルトロ・マスカレッロとブルーノ・ジャコーザが家族のカンティーネで見習いをしていた時代にさかのぼる。70年以上ワイン造りを行うアッコマッソのもとで直接修業を行ったという人はほとんどいないが、その珍しい経歴を持つのがラ・モッラを拠点とするカストルム・ロケのイザッコ・コスタマーニャである。


ピエモンテの新時代:世界が賞賛する若手ワイン生産者たち
現在の辛口赤ワインとしての名声が広がり始めたのは約170年前と比較的最近のことだが、バローロはイタリアで最も称賛されるワイン産地のひとつである。長期マセラシオンと大樽での熟成を特徴とする伝統的なスタイルから、ロータリーフェルメンテーターやバリックを使用したバローロ・ボーイズの誕生、そして今日では栽培技術や醸造技術が多様化し、「伝統派vsモダン派」の論争は終着を迎えている。各生産者が自らの信念のもとそれぞれのスタイルを追求している。その中で、新世代の台頭が目覚ましい動きを見せている。ラルーやフレッチャーなど、ピエモンテ外からワイン造りを志したアウトサイダーたち、トレディベッリやブリッコ・エルネストなど、地元の若者が新たにワイナリーを設立している。彼らは情報交換を行うだけでなく、ブルゴーニュや他生産地へも積極的に足を運び、様々な意見や手法を取り入れている。カストルム・ロケのイザッコはその最も若い生産者のひとりで、ラ・モッラ村に位置するトリリオーネの畑を祖父母から引き継ぎ、2021年からワイン造りを行っている。

ラ・モッラ村の注目畑トリリオーネ
カストルム・ロケの畑はラ・モッラ村のトリリオーネに位置している。ここはラ・モッラ村で最も名高い畑であるロッケ・デッラヌンチャータに接しており、ブルナーテとロッケ・デッラヌンチャータを分ける谷に位置する。この丘は東-南東向きの急斜面と独特な土壌を持ち、コンパクトな青い泥灰土で構成されている。約40 %が石灰岩、35 %が粘土、25 %が砂で構成されるバランスの取れた土壌である。トリリオーネのワインはロッケ・デッラヌンチャータのバローロほど繊細ではないが、香り高い優美さと豊かなタンニンを持つ。計7.62 haと小さな区画だが、ラ・モッラ村のトップ生産者であるロベルト・ヴォエルツィオやレナート・ラッティ、トレディベッリも畑を所有しており、その注目度は高い。イザッコは1999年生まれで、14歳の頃から祖父エンリコとともにブドウ栽培をしており、既に10年以上のキャリアを持つ。アルバとトリノの醸造学校に通っている間はブドウをトレディベッリへと売っていたが、2021年に学校を卒業すると自らのワイン造りを開始した。近年のバローロやバルバレスコの輸出市場での成功を受け、ランゲ・ネッビオーロはピエモンテで最も急成長している名称である。そのブドウはバローロやロエロの区域外から来ていることが多いが、トリリオーネのブドウを100 %使用したイザッコのランゲ・ネッビオーロはまさにヤング・バローロと言える(ランゲ・ネッビオーロに樽は使用していないが)。イザッコの初バローロは2023年ヴィンテージとなる予定である。


生産者ストーリー
【アッコマッソの下で修業 ラ・モッラ村最年少ワインメーカー】
2023年11月、イタリア・ピエモンテ州に2週間ほど滞在した。この世界遺産はブドウの収穫を終え、休む間もなく最もツーリズムが活発になるシーズンへと突入する。ワインと並びこの地で賞賛を受けているのが白トリュフ。観光客の多くがその美食の祭典ともいえるシーズンを謳歌しにやってくる。2週間の滞在で、予想外に最も衝撃を受けたのがカストルム・ロケのイザッコとの出会いだった。近年ピエモンテで徐々に存在感を高めている生産者トレディベッリを訪問し、ワイナリーの前の畑を案内してもらった。ラ・モッラの偉大な畑、ロッケ・デッラヌンチャータを目の前に、トリリオーネなど名だたる畑が一望できる。太陽の光を受けたブドウの葉が緑と紅葉の間で輝いている。ふと畑からワイナリーの方に目をやると、ワイナリー到着時には気が付かなかったが、トレディベッリの隣の家に看板が掛けられていた。”Castrum Roche”。「イザッコという非常に若い青年が2021年からワインを造り始めたんだよ。うちももともと彼と彼のおじいちゃんのブドウを買っていたから、ブドウの品質の高さは良く知っているよ。」とトレディベッリのソフィアが教えてくれた。「しかも彼はあのアッコマッソのもとで修業していたんだ。」一瞬で興味を惹かれた。
ワインの生産者について語る際、よくその経歴がトピックに上がる。どのエリアで、どの生産者のもとでブドウ栽培、ワイン造りを学んできたかが、その生産者のワイン造りのスタイルや哲学に大きく影響を与えるので当然だと思う。生産者を訪問する際も、スタイルや哲学を理解するため経歴は聞くことが多い。しかしそれだけで取り扱いを検討することはない。ある有名生産者のもとで学んだからと言って必ずしも同じ方向性を見ている訳ではないからだ。しかし、それがアッコマッソとなれば話は別だ。生産量が少ないという理由だけでなく、あまり表に出ない彼は、ある意味ピエモンテ、いや世界中で最も幻のワイン生産者の一人だと言える。生産量が12,000本と非常に少なく、その大部分を直接訪ねてくる固定客に販売してしまう。日本で彼のワインが手に入ることが奇跡のようなもので(購入できるかはまた別の問題だが)、関係性を作ってくれているインポーター様には心の底から感謝したい。事実、世界最大のワインマーケットであるアメリカにはアッコマッソは輸出されていない。私自身、アッコマッソで修業をしていたという人に初めて会った。というか話を聞いたのも初めてだった。トレディベッリでの素晴らしい訪問を終え、宿に戻るとすぐにカストルム・ロケにコンタクトし訪問の約束をした。
トレディベッリを訪れた時と同じ道を進み、前回からわずか20 mほど先に車を停めた。「トレディベッリに来てたよね。見かけたよ。」優しい笑顔で迎えてくれたのがカストルム・ロケのイザッコ・コスタマーニャだった。想像していたより若く、訪問時で24歳だという。その若さで、ピエモンテのラ・モッラ村、しかもラ・モッラで最も有名な畑のひとつ、ロッケ・デッラヌンチャータの目の前に位置するトリリオーネに畑を持ち、ワイナリーを運営している。いったいどのような経歴なのか非常に興味がわいた。聞くと、彼の所有する畑は祖父母から引き継いだものとのこと。「ここは元々おじいちゃんとおばあちゃんが所有していた畑なんだ。ずっと近所のワイン生産者にブドウを売ってきたけど、僕はこの畑のブドウから自分のワインを造るのが夢だった。そしてその夢は僕が14歳の頃からずっと抱いていたものだったんだ。」イザッコは中学生の頃から祖父母の畑で働き、14歳の頃にはすでにワイン生産者になることを決めていたという。「家族の夕ご飯にはいつもワインが置かれていて、子供ながらにとても興味を持っていたんだ。親に頼んで少し味見をさせてもらったりして自然とワインの味わいを覚えたよ。ワイン生産者としてはまだ若いと言われる年齢だけど、飲んでる経験はそれなりにあるよ。」イザッコは笑う。
醸造学校に通うかたわら、ルイジ・オッデーロとアッコマッソの下で修業を行った。「もともと祖父がアッコマッソの友人で、その縁で彼のもとで働かせてもらったんだ。偉大な生産者の下で様々なことを学ばせてもらって幸運だと思う。今でも彼とは色々と意見交換をしているよ。」ルイジ・オッデーロ、アッコマッソの下でブドウ栽培とワイン造りを学んだイサッコだが、自らのスタイルを追求するため積極的に他の生産者も訪ね、色々な考え方を吸収している。イザッコの哲学はネッビオーロのクリーンでピュアな味わいを表現することで、なかでもカッシーナ・フォンタナのワインが好きだという。純粋な果実味と控えめな硫黄の使用により、生み出されるワインはカノーニカを彷彿とさせる。栽培面積は2 haで現時点の生産本数は約10,000本。ステンレスタンクを使用したランゲ・ネッビオーロとランゲ・ロザートのみを生産しているが、2023ヴィンテージからは待望のバローロが生産される予定である。
ちょうど彼を訪問した翌週にバローロ用のオークが初めて搬入されるとのことでセラーを整理しているところだった。「念願の自分自身のバローロが造れるんだ。とてもワクワクしているよ。」バローロの偉大な生産者たちから学び自らのスタイルを追い求める、ピエモンテの新時代を創っていくイサッコの将来を応援していきたい。
DATA
造り手:イザッコ・コスタマーニャ
国/地域:イタリア/ピエモンテ
栽培面積:2 ha
