
シャンパーニュ・テリエ
フランス/シャンパーニュ


世代を超えて紡がれる、歴史が語るシャンパーニュ
Champagne Tellierは、エペルネ近郊ムシー村に拠点を構える家族経営のヴィニュロンである。小規模なドメーヌでありながら、その背景には、シャンパーニュという土地の記憶そのものとも言える長い時間の蓄積がある。彼らの中心にある土地”ドメーヌ・デ・コナルダン”は、記録上1222年まで遡る歴史的な区画である。中世以来、この地はワインとともに生きてきた。かつてはコナルダン家の領地として知られ、18世紀末にはすでに“泡立つワイン”が造られていたと伝えられる。しかしフランス革命によりその歴史は一度途絶える。城は失われ、土地は国有化されたのち分断され、長いあいだ静かに時代の影に置かれていた。再びこの土地に命が吹き込まれたのは1936年、レイモン・ルノーダンによる取得である。彼は畑を整備し、醸造設備を近代化しながら、この場所を再びワイン造りの拠点として蘇らせた。1980年にはクリストフ・テリエがその意志を継ぎ、家族経営としての礎を固めていく。そして2016年、ドメーヌは新たな段階へと進む。長男カンタン・テリエが参画し、Champagne Tellierとして初のミレジメが誕生した。これは単なるブランドの誕生ではない。ブドウ栽培に重きを置いてきた家族が、自らの土地を“ワインとして語る”決断を下した瞬間であった。2020年には弟アレクサンドルも加わり、現在は複数世代が同じ場所で働く体制が整っている。このドメーヌの本質は、”世代の重なり”にある。受け継がれてきた知恵と、新しい視点が同時に存在し、対立することなく一つの方向へと収斂していく。19世紀の地下セラーの上に現代的な醸造設備が置かれ、日々その間を行き来するという環境そのものが、彼らの姿勢を象徴している。2016年にはHVE認証を取得し、環境への配慮を体系化した。「私たちが大切にしているのは、何かを“作り込む”ことではない。土地を観察し、耳を傾け、時間をかけて向き合うこと。テロワールに忠実で、余計な装飾に頼らないワインを生み出すことを大切にしている。」その哲学は、すべてのキュヴェがミレジメであること、そして区画ごとの個性を前提とした構成に、明確に表れている。

区画ごとに描く、テロワールとヴィンテージの表現
Champagne Tellierのワインは、畑から始まる。より正確に言えば、畑こそがワインそのものである。ムシーという村は、モンターニュ・ド・ランスとコート・デ・ブランの狭間に位置する。この地理的条件は、シャンパーニュにおける二つの重要な要素”力強さとエレガンス”が交差する地点でもある。畑は主に中腹斜面に広がり、5つの村に分散している。各区画は土壌の深さ、石の混ざり方、日照、風の抜け方が微妙に異なり、それぞれが独立したマイクロ・テロワールを形成する。彼らはその違いを均質化することなく、そのまま扱う。18の区画は原則すべて個別に管理・収穫され、醸造も分けて行われる。つまり、最終的なワインの方向性は、すでに畑の段階で決定づけられている。土壌は大きく二つのタイプに整理される。ひとつはムシーやピエリーに広がる、白亜質の上に厚みのある土壌が乗るタイプ。ここではピノ・ムニエが主体となり、ワインに骨格とボリューム、そして長い余韻をもたらす。もうひとつは、チョークが地表近くに現れる浅い土壌。シャヴォやクラマンに見られるこのタイプは、より繊細で、ミネラルを軸とした引き締まった表現を生む。こ樹齢は平均35年。最古の区画は1964年植樹とされる。すべてのブドウは自社畑由来であり、さらに多くの区画でマッサル・セレクションが採用されている。効率よりも多様性を重視し、畑の遺伝的な歴史と豊かさを守るという姿勢がここにある。具体的な区画を見れば、その個性はさらに明確になる。ムシーのレ・コナルダンはピノ・ムニエ100 %で、温かみのある果実と奥行きを備える。一方、ラ・コート・オー・スリーズはシャルドネ100 %で、より直線的でミネラルを感じさせる表現となる。ラ・グット・ドールではピノ・ノワールが白亜の上で育ち、密度と広がりを兼ね備えたスタイルを見せる。それぞれの区画が、それぞれの声を持つ。「自然はしばしば予測不可能であるが、常に調和のとれた秩序のもとにある。それを信頼することは自明である。」


時間が完成させる、記憶に残るシャンパーニュ
Champagne Tellierの醸造は、静かで、精密で、そして一貫している。そこには「区画ごとの個性をいかに損なわずにワインへと導くか」という明確な意図がある。収穫は完熟を見極めたうえ、手摘みで行われ、ブドウは区画ごとに分けられたままプレスへと運ばれる。6,000 kgのプレス機は、その思想を実現するための重要な設備である。圧搾は穏やかに行われ、使用されるのは最初の澄んだ果汁のみ。果汁は不活性ガスで保護され、酸化と過度の亜硫酸添加を抑える。続くデブルバージュは低温で12-24時間かけて行われ、酵母にとって必要な微細な澱のみを残す。こうした細部への配慮が、後の質感に直結する。発酵はすべて木樽で行われる。量に応じてバリック、ドゥミ・ミュイ、フードルを使い分けながら、それぞれのワインに最適な環境が整えられる。ここでの目的は、樽の香りを与えることではない。ワインが自然に落ち着き、構造を形成するための“場”として樽を用いる。発酵後は約8カ月、樽の中でゆっくりと熟成が進む。バトナージュによってテクスチャーを整えつつ、酸化を防ぐためのウイヤージュが丁寧に行われる。清澄は行わず、ろ過も最低限に留めることで、ワイン本来の質感が保たれる。その後、何度もテイスティングを重ねながら、最終的な仕上げ方が決定される。区画をブレンドするのか、単一区画として残すのか。その判断は、人為的な設計というよりも、その年のワインが持つ性質に寄り添う形で行われる。瓶詰め後、ワインは19世紀から続く地下セラーへと移される。温度は年間を通じて約11℃、湿度も高く、ゆっくりとした熟成に最適な環境が整っている。ここから、最低でも30カ月に及ぶ長期の瓶内熟成が始まる。「時間は制約ではなく、むしろ品質を高めるための重要な要素である。なかにはさらに数年を要し、完全な調和を見せるまで静かに熟成を続けるワインも存在する。ワインが自らの個性を確立し、繊細さと複雑性を深めるためには、時間の経過に委ねることが不可欠である。忍耐と信頼こそが、優れた熟成を支える本質である。」そうカンタンは語る。こうして生まれるワインは、どこか“触れるような質感”を持つ。ウールのような柔らかさ、リネンのような張り、カシミヤのような滑らかさ。それは単なる比喩ではなく、工程の積み重ねが生み出す具体的な感覚である。Tellierのシャンパーニュは、華やかさを競うものではない。静かに広がり、ゆっくりと記憶に残るワインである。


生産者ストーリー
【歴史を越え、テロワールと時間が描く記憶に残るシャンパーニュ】
Champagne Tellierとの出会いは、決してドラマチックに用意されたものではなかった。むしろ、少し不運で、どこか億劫な状況の中にあった。エペルネへ向かう途中、ランスでの乗り換えに40分ほどの時間があった。外はあいにくの雨。しかも石畳の街は、スーツケースを引く者にとって決して優しくはない。重たい荷物に苦労しながら、それでも折角だからと足を運んだのは一軒のワインショップだった。そこで「もう知っているかもしれないけれど、とても素晴らしい若い造り手がいる。”トレンド”のナチュラルではなく、本質的なシャンパーニュの造り手だよ」と紹介された。見たことのないラベルと店主の圧倒的な熱量に、正直なところその時は半信半疑だった。限られた時間の中で選んだ一本。もし期待外れだったら、この移動の苦労ごと後悔に変わってしまう。そんな思いを抱えながら、宿に着き、ボトルを開けた。そして一口。その瞬間、すべてが報われたように感じた。気づけば、先ほどまでの疲労は完全に消えていた。すぐに生産者へ連絡を取り、訪問を決めた。
Tellierは、エペルネ近郊ムシー村に拠点を構える家族経営のヴィニュロンである。その中心にある「ドメーヌ・デ・コナルダン」は、1222年まで遡る歴史を持つ特別な土地だ。中世からワインとともに歩んできたこの場所は、フランス革命によって一度歴史を断ち切られながらも、1936年に再び息を吹き返し、現代へと受け継がれてきた。2016年、カンタン・テリエが参画し、Champagne Tellierが誕生する。ブドウ栽培に重きを置いてきた家族が、テロワールを“ワインとして語る”ことを選んだ瞬間だった。現在は兄弟を含む複数世代が同じ場所で働き、伝統と革新が自然に共存している。


彼らのワインの本質は、畑にある。ムシーはモンターニュ・ド・ランスとコート・デ・ブランの間に位置し、力強さとエレガンスという二つの要素が交差する場所だ。畑は5つの村にまたがり、18の区画はすべて個別に管理される。それぞれが異なる土壌、異なる表情を持ち、ワインの個性はすでに畑の段階で方向づけられている。ここで重要なのは、その違いが単なる“ニュアンス”ではなく、明確な構造としてワインに現れている点である。ムシーやピエリーの深い土壌は、ワインに密度と持続性を与える。一方でチョークが露出する区画では、張り詰めた酸とミネラルが際立つ。Tellierのラインナップに見られるスタイルの振れ幅は、この地質的コントラストそのものに由来している。さらに、マッサル・セレクションによって維持される古樹は、単なる樹齢以上の意味を持つ。均質化されたクローンではなく、多様な遺伝子を内包することで、ヴィンテージごとの表情の違いをより繊細に映し出す。つまり彼らの畑は、“毎年同じ品質を再現する”ためではなく、“毎年異なる個性を正確に表現する”ために存在している。

醸造において彼らが目指すのは、作り込むことではない。「テロワールに忠実で、余計な装飾に頼らないワインを生み出す。」その言葉通り、工程は極めてシンプルでありながら、細部にまで神経が行き届いている。区画ごとに収穫されたブドウは穏やかに圧搾され、一次果汁のみを使用。発酵はすべて木樽で行われ、ワインはゆっくりとその形を整えていく。使用する木材は、ヴォージュ、ニエーヴル、アリエといった冷涼地域由来のきめ細かなもの。ここでの“樽”は、香りを付与するためのものではない。微細な酸素との接触、温度変化の緩衝、そして澱との相互作用。これらが組み合わさることで、ワインに独特のテクスチャーと奥行きが生まれる。Tellierのワインに感じられる「触れるような質感」は、この工程の積み重ねによるものである。アッサンブラージュに至るまで、ワインの変化は毎週観察される。ブレンドするか、単一区画で仕上げるか。その判断は設計ではなく対話に近い。そしてすべてのワインはミレジメとして瓶詰めされ、その年の気候と土地の状態をそのまま映し出す。瓶内熟成は最低30カ月。19世紀から続く地下セラーで、ワインはゆっくりと完成へと向かう。「時間は制約ではなく、品質を高めるための重要な要素である。」その言葉通り、Tellierのシャンパーニュは時間によって磨かれていく。結果として生まれるワインは、派手さではなく“記憶に残る質感”を持つ。
あの日、雨のランスで偶然出会った一本。それは単なる“美味しいシャンパーニュ”ではなかった。時間と土地、そして人の意志が重なり合った結果としてのワイン。だからこそ、それは静かに、しかし確実に記憶に残る。Tellierのシャンパーニュは、そういう存在である。
