Clemens Krutzler

クレメンス・クルツラー

オーストリア/ブルゲンラント

受け継ぐだけではない、アイゼンベルクの新世代 

南ブルゲンラントのアイゼンベルクに根差すWeingut Krutzlerは、長年にわたりこの地のブラウフレンキッシュの可能性を切り拓いてきた生産者である。その新世代としてワイン造りに携わるのが、クレメンス・クルツラーである。現在は父ラインホルトとともにワイナリーの次の段階を担う存在となっている。しかしその役割は単なる継承ではない。クレメンスは家族のラインの中に自身の明確なポジションを築いており、特に最も樹齢の若い区画約2.5 haを担当することで、独自のスタイルを提示している。この若い区画から生まれるワインは、いわばドメーヌにおけるベースレンジとして位置付けられるが、その意味は単なるエントリークラスではない。彼らのフラッグシップワインで、アイゼンベルクのブラウフレンキッシュに対する世界的に注目度を高めた歴史的アイコンの一つ、Perwolffのようなクラシックで構造的なワインに対し、クレメンスのワインは、若木由来の軽やかさ、明快な果実、そして鋭い酸を軸とした、より現代的で開かれた表現を担っている。同じアイゼンベルクという土地に根差しながら、異なる世代が異なるアプローチでその個性を引き出すことで、ワイナリー全体としての表現の幅はむしろ拡張されている。彼自身の歩みもまた、この構造を象徴している。2024年にはFalstaff誌においてブルゲンラントの最優秀若手醸造家の一人として選出され、その存在はオーストリア国内外で急速に注目を集めている。

鉄分豊かな土壌と冷涼な気候が生む、アイゼンベルクの個性 

アイゼンベルクという土地を語る上で欠かせないのが、鉄分を多く含む片岩質土壌である。産地名そのものが“鉄の山”を意味するように、この地域のワインには独特の緊張感とミネラル感が備わっている。特にブラウフレンキッシュにおいては、その特徴が非常に明確に現れ、スパイス感や引き締まった酸、どこか鉄を思わせるニュアンスとして表現される。また、この地域はブルゲンラントの中でも比較的冷涼で、パンノニア気候による日中の暖かさと、夜間に流れ込む冷たい風の影響による大きな寒暖差を持つ。この環境によってブドウは十分な熟度を得ながらも酸を保ち、果実味と緊張感を兼ね備えたバランスの良いスタイルへと仕上がっていく。クレメンスは、この土地の個性をできる限り自然な形でワインへ反映させることを重視している。そのため、畑では過度な介入を避け、自然とのバランスを保ちながら栽培を行っている。除草剤や化学的な介入に依存するのではなく、土壌そのものの健全さを維持することで、ブドウの根が深く伸び、土地の特徴をより純粋に吸い上げる状態を目指している。現在、彼が主に使用しているのはワイナリーの中でも比較的樹齢の若い区画である。若木由来のエネルギーや鮮やかな果実味を活かしながらも、単なる親しみやすさに留まらず、アイゼンベルクらしいミネラル感と酸をしっかりと表現している点が特徴的である。また、クレメンスは区画ごとの違いを非常に大切にしている。同じアイゼンベルクの中でも、斜面の向きや標高、風の当たり方によってブドウの表情は大きく変わる。彼はそれらを均一化するのではなく、それぞれの個性として捉え、ワインの中にそのまま反映させようとしている。彼自身も「目指すのは、土地の個性を明確に映し出すワイン」と語るように、その栽培哲学の中心にあるのは、アイゼンベルクという土地の輪郭をどれだけ自然に、そして正確に表現できるかという点にある。

低介入だからこそ生まれる、透明感とエネルギー 

クレメンスのワイン造りは、畑で得られた要素をできる限りそのままボトルへと落とし込むという考え方に基づいている。そのため、セラーでのアプローチは一貫して低介入であり、ワイン本来のエネルギーや透明感を損なわないことが重視されている。発酵は基本的に自生酵母によって行われ、必要以上の操作は加えない。抽出に関しても過度な強さを求めず、特にブラウフレンキッシュではタンニンの質感を大切にしている。力強さや濃密さを前面に出すのではなく、果実、酸、ミネラルが自然なバランスで共存するスタイルを目指している。また、彼は固定観念にとらわれず、共発酵やスキンコンタクトなどの実験的な手法も積極的に取り入れている。ブラウフレンキッシュとヴェルシュリースリングを共発酵した「Mash-Up」は、その象徴的な存在である。こうした試みは単なる奇抜さを狙ったものではなく、土地や品種の新しい表現を探るためのアプローチとして行われている。熟成には主に使用済みの木樽や大樽、ステンレスタンクを使用し、新樽の香りによってワインの個性を覆い隠すことは避けている。亜硫酸の使用も必要最小限に抑えられ、ワイン本来の質感やエネルギーが保たれるよう細心の注意が払われている。こうして生まれるワインは、アイゼンベルクらしい鉄分由来のミネラル感と鮮やかな酸を軸にしながらも、従来の重厚なブラウフレンキッシュとは異なる軽やかさと飲み心地を備えている。黒系果実やスパイス、ハーブのニュアンスに加え、どこか冷涼感を思わせる透明感があり、張りのある酸が全体を引き締める。それは単にモダンなスタイルというだけではない。クレメンスのワインには、若い世代ならではの自由な感覚と、アイゼンベルクという土地への深い理解の両方が共存している。だからこそ彼のワインは、親しみやすさを持ちながらも、しっかりと土地の個性を感じさせるのである。  

生産者ストーリー

ブルゲンラント最注目の若手醸造家が描く新世代アイゼンベルク

南ブルゲンラントのアイゼンベルクという土地は、オーストリアワインを深く知る人間にとっては特別な意味を持つ産地である。しかし、その名前が世界的に広く知られているかと言えば、決してそうではない。実際、この地域は今でもどこか静かで、中心地から少し離れた場所にある。だからこそ、この土地には流行とは異なる独自の時間が流れている。

私がClemens Krutzlerのワインと初めて出会ったのは、オーストリアで開催されるKarakterreという試飲会だった。オーストリア、ドイツ、東ヨーロッパを中心に、多くの小規模生産者が集まる非常に熱気のあるイベントであり、会場にはいわゆる“ナチュラルワイン”的なアプローチのワインが数多く並んでいた。揮発や酸化、濁りを伴う個性的なワインも多く、それぞれにエネルギーがあった。しかし、その中でクレメンスのワインは少し異なる印象を残した。自然体でありながら、過剰にナチュラルではない。軽やかで自由な空気を持ちながらも、輪郭は驚くほど整っている。そして何より、透明感が際立っていた。若い生産者らしい勢いは感じるのに、ワインそのものは極めて冷静で、土地の輪郭が静かに浮かび上がっていたのを覚えている。その場では短い試飲だけだったが、「改めてゆっくり飲みたい」と強く感じ、生産者に連絡を取りサンプルを送ってもらった。時間をかけて飲み進めるうちに、その印象は確信へと変わった。単に“若手らしいワイン”ではない。これは、次世代のアイゼンベルクを感じさせるワインだと思った。

クレメンスは、Weingut Krutzlerの次世代としてワイン造りに携わっている。Krutzlerといえば、フラッグシップであるPerwolffによって、アイゼンベルクのブラウフレンキッシュを国際的に知らしめた存在の一つであり、父ラインホルト・クルツラーはこの地を代表する造り手として知られている。しかし、クレメンスは幼い頃から当然のようにワインの道を選んでいたわけではない。彼自身、「14歳くらいの頃、将来何をしたいか考えた時、実はワインをやりたいかまだ分からなかった」と語る。むしろ当時の彼は料理や食に強い興味を持っており、「料理と食べることが好きだったので、まずはホスピタリティやガストロノミーを学べる観光学校へ進んだ」。最初は料理の道へ進もうと考えていたという。その後、2019年にはLandhaus Bacherで研修を経験する。Landhaus Bacherは、オーストリアを代表するガストロノミーの一つとして知られる名店であり、クレメンス自身も「自分にとってはオーストリア最高峰のレストランの一つ」と語っている。また、南フランスのワイナリーで働いた経験もあり、レストランとワイン産地の双方を実際に体験することで、彼の感覚は少しずつ形作られていった。結果的に、彼はこの遠回りを非常に前向きに捉えている。「結果的にはそれが良かったと思う。ワイン学校的な“教科書的視点”から少し距離を置けたから。むしろ新しい視点を持つことができた」。この言葉は、現在の彼のワインをよく表している。伝統や土地への敬意を持ちながらも、既存の価値観に縛られすぎない柔軟さが、彼のスタイルの核にある。

現在、彼が主に担当しているのは、家族のワイナリーの中でも最も樹齢の若い約2.5 haの区画である。そこから生まれるワインは、ワイナリーにおけるベーシックレンジとしてリリースされているが、その役割は単なるエントリークラスではない。若木由来の鮮やかな果実や伸びやかな酸を活かしながら、より現代的で開かれたアイゼンベルク像を提示している。彼自身も、「私はオーストリア南部ブルゲンラントの若いブドウ栽培家である。私のワイン造りは2020年、18歳のときに仕込んだ最初の小さな1樽から始まった」と語る。その小さな試みは、数ヴィンテージを経る中で徐々にワイナリーの中で重要な役割を担うようになった。そして2023年、彼にとって大きな転機が訪れる。父ラインホルトと初めて本格的に収穫を共に行ったのである。その経験を通して、「本格的にワイナリーへ加わろう」と決意したという。一方で、その時点でも彼は改めて醸造学校やワイン大学へ進学すべきか悩んでいた。しかし最終的には、「家に帰れば実践の場がある。だからこそ、自分はいろんな場所を旅して、いろんな人に会い、話を聞き、経験を積むことの方が大切だと思った」と考えるようになった。実際、彼は積極的に各地を訪れ、多くの生産者や料理人、ワイン関係者と交流しながら自身の視野を広げている。その姿勢は、彼のワインにもはっきりと現れている。どこか開かれていて、軽やかで、それでいて土地への芯は失っていない。

アイゼンベルクという土地の特徴は、何より鉄分を多く含む片岩質土壌にある。産地名そのものが“鉄の山”を意味するように、この地域のブラウフレンキッシュには独特のスパイス感とミネラル、そしてどこか鉄を思わせるニュアンスが現れる。また、ブルゲンラントの中では比較的冷涼であり、パンノニア気候による日中の暖かさと夜間の冷気による寒暖差が、張りのある酸と透明感をワインにもたらしている。クレメンスは、この土地の個性をできる限り自然に表現することを重視している。「目指すのは、土地の個性を明確に映し出すワイン」と彼は語る。畑では過度な介入を避け、セラーでも低介入のアプローチを徹底する。発酵は基本的に自生酵母。抽出も穏やかで、力強さよりも質感とバランスを重視する。使用するのは主に使用済みの木樽や大樽、ステンレスタンクであり、新樽による装飾的な要素はほとんど感じられない。その結果として生まれるワインは、アイゼンベルクらしい鉄分由来のミネラル感と鮮やかな酸を持ちながらも、従来の重厚なブラウフレンキッシュとは異なる軽やかさを備えている。黒系果実やハーブ、スパイスのニュアンスを持ちながら、どこか空気の通ったような透明感がある。

クレメンスのワインには、若い世代特有の自由さがある。しかし同時に、土地への深い理解と敬意もしっかりと感じられる。だからこそ彼のワインは、単なるモダンなワインでは終わらない。アイゼンベルクという土地を、次の時代へと自然に接続していくような力を持っているのである。