エクス・オクシデンテ
スペイン / カタルーニャ


故郷を再発見したソムリエ
ベルナート・ボラビウは、カタルーニャ北部、ピレネー山脈の麓で育った。15歳の頃にはすでに、自分にはワインの品質や特徴を見抜く感覚があることに気づいていたという。しかし当時は芸術や文学の道を志しており、ワインを仕事にするつもりはなかった。転機は19歳。ロワール地方で収穫に参加した経験が人生を変えた。畑やセラーの現場に触れ、一本のワインが土地の歴史や文化、人々の営みまでも映し出すことを知ったのである。その後はバルセロナへ渡り、Monvínicをはじめとする名店で経験を積み、世界中の名醸ワインや優れた造り手たちと出会った。さらにカナリア諸島ではEnvínateのRoberto Santanaとワイン造りを経験し、「決められたプロトコルではなく、目と鼻でワインを判断すること」を学ぶ。この経験は、後のEx Occidenteの哲学の礎となった。その後、Azurmendiでヘッドソムリエを務めるなど、世界中のワインに触れる日々を送るなかで、彼の視線は次第に故郷へ向かっていく。高齢の栽培家が畑を離れ、混植された古いブドウ畑や地域固有品種が失われつつある一方、子どもの頃に遊んだ丘には、シャンパーニュやヘレスで魅了されたものと同じ海洋由来の地層が広がっていた。「世界中のワインを学び、今の自分だからこそ故郷を本当の姿で見ることができた。そして、これを失わせるわけにはいかなかった。」この思いからEx Occidenteは始まった。現在もAlkimiaでワインに携わりながら、自らのプロジェクトを育てる一方、1940年代植樹のXarel·lo古木を用いたStella Occidentisや、地域の古畑を未来へつなぐ新たな取り組みも進めている。そのすべての原点となったのが、1930年代に植えられた混植畑La Figueraである。Roig de la Figueraは、Ex Occidente最初のワインであるだけではない。世界の名醸地を知り尽くした一人のソムリエが、故郷に眠る価値を信じ、その未来を託した最初の一本なのである。

混植の古畑に残された、土地の記憶
Ex Occidenteを理解するためには、ベルナートが見つめ続ける土地を知る必要がある。彼が向き合っているのは「ペネデス」という広い産地ではなく、一つひとつの畑である。ベルナートは「畑は一枚ではない」と語る。同じ区画でも数メートル歩けば土壌の厚みや水の動き、風の当たり方が変わり、それに応じて樹勢や成熟も変化する。彼にとってテロワールとは、地図上の区画ではなく、そうした土地の細かな違いの積み重ねなのである。彼が魅了されているのは、北ペネデスに広がるトルトニアン期の海成砂質土壌だ。現在は丘陵地となっているこの場所も、太古には海の底だった。畑を耕すたびに貝殻や海洋生物の化石が現れ、「年に二度耕すと、海底がそのまま現れるんだ」とベルナートは笑う。砂質でありながら石灰質に富み、海からの風を受けるこの土地は、ワインに独特の涼しさと塩味を与えている。Roig de la Figueraが生まれるLa Figueraは、1930年代に植えられた約0.7haの混植畑である。ベルナートが引き継いだ時、この畑は3年間放棄されていたが、そこには14品種以上のブドウと100年近い古木が残されていた。一本ごとに異なる遺伝子や個性を持つ樹々は、近代的な単一品種の畑では失われた、この土地ならではの多様性を今に伝えている。「混植されているのには理由がある。私たちがまだその理由を理解できていないからといって、それを変えてしまう理由にはならない。」効率化のために単一品種へ植え替えるのではなく、過去から受け継いだ多様性そのものを守ること。それがEx Occidenteの出発点である。La Figueraの収量は平均8-10 hL/haと極めて少なく、干ばつや野生動物の被害によって毎年大きく変動する。それでもベルナートが守ろうとしているのは、生産量ではなく、この土地にしか存在しない風景と文化である。Roig de la Figueraは、一つの品種を表現するワインではない。異なる品種、異なる樹齢、異なる土壌が一つの畑の中で響き合い、この土地の記憶そのものを映し出すワインなのである。


ワインは、畑だけでは造られない
「ワインは畑で造られる。」ワインの世界ではよく語られる言葉だ。しかしベルナートは、それだけでは足りないという。「もちろんそうだ。でも土壌も、樽も、人も、すべてがワインを造っている。」彼にとって醸造とは、土地の可能性を読み取り、どのような器で育て、いつ手を加え、いつ待つかを見極めることだ。だから「ナチュラルワイン」という言葉にも距離を置く。亜硫酸や樽は目的ではなく、土地を最も正直に表現するための手段に過ぎない。「大切なのは、ワインが土地を語れているかどうかなんだ。」Roig de la Figueraでも、その考え方は一貫している。混植畑では品種ごとに成熟速度が異なるため、分析値だけで収穫日は決めない。果皮や種子、香りの変化を見極めながら畑全体が最も調和する瞬間を待ち、自然酵母で発酵、30日以上のマセレーションを経て、垂直式プレスで優しく圧搾する。その後は、この地域で伝統的に使われてきた栗材の大樽で熟成される。2022年と2023年、ペネデスは深刻な干ばつに見舞われた。十分な収量が得られなかったベルナートは、両ヴィンテージをブレンドする決断を下す。何度も試飲を重ね、この二つを合わせることがLa Figueraという畑を最も正直に表現できると確信したからだ。「私はワインの前では思ったことをそのまま口にする。自分のワインにはもっと厳しい。だから瓶の中身に完全に納得できなければ世に出すことはできない。」その姿勢の根底には、AlkimiaのJordi Vilàから学んだ価値観がある。「成功とは影のようなものだ。人に拍手されるかどうかに関係なく、自分の仕事にはそれ自体に価値がある。」現在はEx Occidenteに加え、「Stella Occidentis」やミクロ・ネゴシアンという新たな挑戦も始まっている。しかし、そのすべての出発点は変わらない。Roig de la Figueraは、世界の名醸地を知ったベルナートが、故郷の土地を信じ、その価値を最初に形にした原点なのである。

生産者ストーリー
【世界を知ったソムリエが、故郷に眠る宝を見つけるまで】
ベルナートと初めて会ったのは、ドイツ・ベルリンで開催された試飲会だった。「ぜひ、このワインを飲んでみてほしい。」会場で先に来ていた友人にそう勧められ、向かった小さなブースで迎えてくれたのがベルナートだった。グラスに注がれたRoig de la Figueraは、それまで私が抱いていたペネデスのイメージを静かに覆した。力強さよりも透明感があり、どこか塩味を思わせる余韻が長く続く。その味わい以上に印象的だったのは、ベルナートがワインそのものよりも、畑や土壌の話を嬉しそうに語っていたことだった。その理由を知りたくなり、私はカタルーニャ北部のペネデスを訪れた。ベルナートは、「畑をしっかり見てほしい」と言って案内を始めた。しかし彼の「しっかり」は、私の想像をはるかに超えていた。一つの畑を見終えるたびに次の畑へ向かい、土壌が変われば車を止め、樹齢の古いブドウ樹を見つければその歴史を語る。彼の土地への情熱は尽きることがなく、気がつけば案内は7時間にも及んでいた。
若い頃のベルナートは、最初から故郷でワインを造ろうと考えていたわけではなかった。むしろ、その関心は芸術や文学へ向いており、ワインは身近な存在ではあっても、自らの人生を捧げる対象ではなかったという。転機となったのは19歳の時だった。ロワール地方で収穫に参加した経験が、それまで思い描いていた将来を大きく変える。畑で働く人々の姿、セラーで静かに発酵を見守る時間、そして一本のワインが土地の歴史や文化、人の営みまでも映し出すという事実に触れた彼は、ワインを単なる飲み物ではなく、一つの文化として捉えるようになった。その後約2年間をロワールで過ごしたベルナートは、バルセロナへ移り、Monvínicをはじめとするスペインを代表するレストランやワインバーで経験を積んでいく。世界中の名醸ワインを日常的に扱い、多くの生産者と出会い、ワインをサービスする立場からその本質を学び続けた。しかし、彼にとって大きな財産となったのは、名だたるワインに触れたことだけではない。当時まだ経験の浅かったベルナートに機会を与えてくれた人々の存在だった。「見返りを期待することなく、誰かにチャンスを与える。」そんな姿勢を見せてくれた先輩たちの存在は、今でも自らの仕事の原点になっていると彼は語る。その後、ベルナートはカナリア諸島へ渡り、二つ星レストランで働く傍ら、Envínateの共同創設者であるロベルト・サンタナとともにワイン造りに携わるようになる。彼から学んだのは、醸造技術ではなかった。「そこには決まったプロトコルはなかった。ただ彼の目と鼻だけが判断していた。」ベルナートはそう振り返る。ワイン造りとは、決められた手順を再現する仕事ではない。その年、その畑、そのブドウが何を求めているのかを感じ取り、必要な時だけ手を差し伸べる仕事なのだ。その感覚は、後にEx Occidenteの醸造哲学の核になっていく。さらに彼は、バスク地方の三つ星レストランAzurmendiでヘッドソムリエを務め、時代も産地も異なる数え切れないほどの偉大なワインに触れた。世界中の名醸地を知り、多くの造り手と対話を重ねる中で、彼の視線は不思議なほど故郷へ向かっていった。幼い頃から見慣れていたペネデスの丘陵地帯。その土地は、子どもの頃には何気ない風景でしかなかった。しかし、外の世界を体験した今だからこそ、その価値がはっきりと見えるようになっていた。「子どもの頃に遊んでいた丘は、シェリーやシャンパーニュで私が夢中になっていた地層そのものだった。ただ、その現れ方が違っただけなんだ。」世界中のワインを知ったからこそ、故郷の本当の姿が見えるようになった。そして、その頃にはすでに、高齢化によって古い畑は次々と放棄され、混植されたブドウ畑や地域固有の遺伝子も静かに姿を消し始めていた。「世界中のワインを学び、今の自分だからこそ故郷を本当の姿で見ることができた。そして、これを失わせるわけにはいかなかった。」その想いが、ベルナートを再び故郷へと導いた。そして彼は、一つの放棄された古い畑との出会いをきっかけに、自らのプロジェクトEx Occidenteを歩み始めることになる。
Ex Occidenteの原点となったのは、La Figueraと呼ばれる一枚の畑だった。1930年代に植えられた約0.7 haの混植畑は、ベルナートが初めて訪れた時にはすでに3年間放棄され、草木に覆われていた。しかし、その荒れ果てた風景の中に、彼は誰も気づいていない価値を見出す。そこには十数種類ものブドウが混植され、100年近い樹齢を重ねた古木が今なお生き続けていた。さらにDNA解析によって、長年Sumoll Blancだと思われていた樹が、絶滅したと考えられていたアラゴンの古代品種Salzenc Blancであることも判明する。長い年月の中で補植や自然選抜を繰り返したこの畑には、現代の均一なクローン栽培では失われた遺伝的多様性が、そのまま息づいていたのである。ベルナートはこう語る。「混植されているのには理由がある。私たちがまだその理由を理解できていないからといって、それを変えてしまう理由にはならない。」その言葉を聞いた時、私は7時間かけて彼が畑から畑へ案内してくれた理由がようやく理解できた。彼が守ろうとしているのは、畑だけではない。その土地で長い年月をかけて育まれてきた風景や、人々の営み、そして未来へ受け継ぐべき文化そのものなのだ。
彼は、自らを「ナチュラルワインの造り手」とは呼ばない。近年、「介入しないこと」が価値として語られることも少なくない。しかしベルナートにとって、それは目的ではなく手段に過ぎない。「大切なのは、ワインが土地を語れているかどうかなんだ。」必要であれば亜硫酸も使う。必要であれば樽も使う。しかし、それらによって土地の個性が覆い隠されるのであれば意味はない。彼はよく、「ワインは畑で造られる」という言葉について話してくれる。「もちろんそうだ。しかし土壌も、樽も、人も、すべてがワインを造っている。」その一言には、彼の哲学が凝縮されている。畑はすべてを決める存在ではない。しかし醸造家も主役ではない。土地が持つ可能性を読み取り、その年のブドウが求めていることを見極め、どこで手を加え、どこで待つべきかを判断する。その積み重ねによって初めて1本のワインが完成するのだ。Roig de la Figueraも、その考え方の延長線上にある。収穫日は分析値だけでは決めない。混植畑では品種ごとに成熟が異なるため、糖度や酸だけでは畑全体を判断できないからだ。果実を口にし、果皮や種子の熟度、香りの変化を確かめながら、「畑全体が最も調和する瞬間」を待って収穫する。発酵は野生酵母に委ね、地域で古くから使われてきた栗材の大樽でゆっくりと熟成させる。それは伝統を守るためではなく、異なる個性を持つブドウが、一つのワインとして穏やかに調和する時間を与えるためである。近年、ペネデスは深刻な干ばつに見舞われている。古木は極端に収量を落とし、思うようにワインを造れない年も少なくない。それでもベルナートは、収量を増やすことを優先しない。彼が守ろうとしているのは、生産量ではなく、この土地にしか存在しない個性だからである。現在、彼はEx Occidenteに加え、1940年代植樹のXarel·lo古木を用いたStella Occidentisや、志を同じくする栽培家とともに地域の古畑を未来へ残す新たなプロジェクトにも取り組んでいる。しかし、それらは事業を広げるためではない。失われようとしている風景を、次の世代へ手渡すための活動である。ベルナートは、世界中の偉大なワインを知っている。だからこそ、その価値を語る時に、有名な産地や高い評価を持ち出すことはない。彼が信じているのは、偉大なワインは名声のある土地から生まれるのではなく、誰かがその土地を信じ、守り続けた先に生まれるということだ。彼はこう語る。「私はワインの前では思ったことをそのまま口にする。自分のワインにはもっと厳しい。だから瓶の中身に完全に納得できなければ世に出すことはできない。」世界中のワインを知り、ソムリエとして数え切れないほどのボトルを見届けてきた彼だからこそ、自らのワインに対して一切の妥協を許さない。その厳しさは、評価や流行のためではなく、自分が心から信じる土地に誠実でありたいという思いから生まれている。Ex Occidenteとは、単なるワイナリーの名前ではない。それは、一人のソムリエが世界を巡り、最後に故郷へ戻って見つけた答えであり、失われつつある土地の記憶を未来へつないでいこうとする静かな決意そのものなのである。
