
グスティネッラ
イタリア / シチリア

エトナ最高標高1,300m、プレ・フィロキセラの古木が育つ唯一無二の畑
グスティネッラのソニア・ガンビーノがワイン造りを行うのは、エトナ山の北西、人口3,500人ほどの小さな村マレット。ブドウ畑は標高1,000-1,300 mに位置し、エトナ山で最も高所にあり、特に冷涼なエリアとして知られる。かつてこの地域は、冷涼すぎてブドウが十分に熟さないと考えられていたため、エトナDOCの制定時には生産指定区域に含まれなかった。結果としてワイン産業が発展することはなく、農家が自家消費用にワインを造るのみで、正式なワイナリーは存在しなかった。しかし、この地の火山性の砂質土壌はフィロキセラの侵入を防ぎ、大部分のブドウ畑では化学農薬も使われず、ワインはあくまで家庭の農作物として、小規模ながら丁寧に受け継がれてきた。この村にルーツを持つソニア・ガンビーノは、標高の高さに由来する冷涼な気候と繊細な果実の風味、そして樹齢120年を超える古木がもたらす凝縮感を活かし、この土地の魅力を映し出す唯一無二のワインを生み出している。


村人との共創から生まれたマレット村唯一のワイン生産者
ミラノ出身のソニア・ガンビーノは、モンペリエやボルドーでブドウ栽培と醸造を学び、ミラノで生活していたが、パンデミックを機に両親の故郷であるエトナ山北西の小さな村、マレットへと避難した。幼い頃から何度も訪れていた場所だったが、水道も通っていない古い別荘での生活は決して快適とは言えなかった。当初はロックダウンが明けたらミラノに戻るつもりでいたが、雄大な自然と向き合い、地元の人々と交流するうちに、次第にこの土地に心を奪われていった。毎日午後になると、庭で作業をしていたソニアのもとに、日課の散歩をする80代の農夫、ドン・ヴィンチェンツォが立ち寄るようになった。ある日、彼の畑に招かれたソニアは、樹齢100年を超える自根の古木が点在し、多様な品種が混植された畑の姿に衝撃を受けた。その瞬間、「ここでワインを造らなければ」という強い衝動に駆られたという。やがて村人たちは、ソニアがかつてこの地でパルメント(共同搾汁所)を営んでいた“グスティネッロ”の孫であることに気づく。彼女自身は祖父がワイン造りに関わっていたことを知らなかったが、自然と同じ道を歩んでいたことに深い縁を感じた。祖父へのオマージュとして、ワイナリー名をその女性形である“Gustinella(グスティネッラ)”と名付けた。ソニアの活動に共感した村人たちは、再び彼女のもとに集まり始める。「うちのブドウも使ってほしい」と申し出る者が続出し、やがて村中からブドウが集まるようになった。収穫には延べ35人以上が加わり、ソニアはマレットで唯一の正式なワイン生産者となった。ワインには、村人たちへの感謝と共創の精神を込めて、“一緒に集おう、何かをしよう”という意味のシチリア方言”Jungìmmune(ユンジムネ)”という名を冠した。祖父の記憶、村人からの信頼、そしてこの土地が持つ文化と歴史――それらすべてを背負いながら、ソニアはこの地で唯一無二のワインを生み出している。

世界のトップワインバーが注目する、マレット伝統のワイン造り
ワイン造りを始めたのはごく最近、2020年。それにもかかわらず、ソニア・ガンビーノのワインはすでに世界のトップワインバーで高く評価されている。たとえば、”ワイン愛好家のためのミシュランガイド”とも呼ばれるスターワインリストでは、ニューヨークのチャンバース、ロンドンのノーブル・ロットなど名だたる店舗が彼女のワインをオンリストしている。その注目の背景にあるのは、現代的なマーケティングや樽の強い個性ではなく、マレット村の伝統に根ざしたプリミティブなアプローチ。マレットでは商業的なワイン産業が発展しなかったため、かつてのブドウ畑が手つかずのまま残されており、ソニアの畑には赤白合わせて15種類以上のブドウが混植されている。赤ブドウにはグルナッシュやアリカンテ・ブーシェ、白ブドウにはグレカニコ・ドラートを中心に、名前すら分からない古木の品種も少なくない。ソニアはこう語る。「私が表現したいのはブドウ品種ではなく、この土地そのもの。そして、ここに根づく文化を未来につなげたい。」その理念のもと、彼女はマレットの伝統に倣い、赤・白・ロゼを問わず、畑に植わる多様なブドウを一緒に収穫・仕込む混醸スタイルを採用している。収穫は10月初旬から11月初旬にかけて行われ、すべて手摘み。醸造では、ブドウのエネルギーと繊細さを余すことなく引き出すため、樽は一切使用せず、ステンレスタンク、セメントタンク、ガラス製デミジョンなど中立的で微細な酸化が可能な容器を使い分けている。添加物は最小限で、ごく少量のSO2を除いて一切加えない。マレットという孤高の土地で、自然と歴史に寄り添うようにして生まれるグスティネッラのワイン。その静かな力強さは、今まさに世界中の感性鋭いソムリエたちの心を動かしている。

生産者ストーリー
【運命に導かれて、エトナDOC規定外の村マレット唯一のワイン生産者】
シチリア、マルサラのワイン生産者マンフレディを訪問する前に情報収集をしていた際、マンフレディのワインがニューヨークのトップレストラン”チャンバース”のワインリストにオンリストされていると知り、オンラインでその圧巻のリストを見ていた。マンフレディの他に、フランク・コーネリッセン、イ・ヴィニェーリ、オッキピンティなど、シチリアを代表する生産者たちと並んで、聞きなれない名前が載っていた。”Gustinella”。エトナ山の北西の村、マレットで新しくワインを造り始めた生産者ということで興味がわき、コンタクトを取った。せっかくシチリアに行くからにはマンフレディ以外の生産者も訪問しようとアポイントを取った。しかし、シチリアをなめていたことに気が付いた。シチリア島西端のマルサラから東端のエトナ山まで、車で片道5時間かかり、少し後悔した。ところが、ソニアに会い、彼女の畑に連れていってもらった途端、後悔が興奮に変わった。エトナDOC外ではあるが、エトナで最も標高の高い場所に位置する畑、プレ・フィロキセラの樹齢120年のブドウの樹、そしてソニアの人柄とワイン造りに対する哲学。これは素晴らしいワインが生み出される、直感でそう感じた。
グスティネッラを運営するソニア・ガンビーノはミラノ出身だが、そのルーツはエトナの小さな村マレットにある。ソニアの両親はこの村の出身で、ソニアも子供の頃から度々訪れていた。モンペリエとボルドーで栽培と醸造を学んだ後、ミラノで生活していた彼女は、ある日、カンパーニャのブドウを使ってミラノでワインを造る人物(マルコ・ティネッサ)と出会い、彼の醸造を手伝うことになる。その後、ミラノという大都市での生活に疲れたソニアは、自然の中でワインを造りたいと、2020年にシチリア・マルサラの生産者ニーノ・バラッコでの職を得る。しかし、イタリア全土でのロックダウンにより、彼女は一瞬で職を失ってしまう。シチリアの反対側にあるこの町へと向かい、一族が所有していた古い別荘に避難した。この小さな家には、かつての夏のバカンスの記憶が詰まっていたが、水道すら通っていないなど、生活に必要な設備がほとんど整っていなかった。ソニアはその家を修繕することを自らの使命とし、午後の時間は庭で果物や野菜の栽培を学びながら過ごすようになる。しかし、そこでの暮らしには次々と困難が降りかかる。あまりの大変さに、彼女はロックダウンが解除され次第、ミラノに戻るつもりでいた。
毎日午後、ソニアが庭仕事をしていると、80代の年配の農夫が日課の散歩の途中で通りかかるようになった。やがて二人は会話を交わすようになり、彼が園芸のコツを教えてくれるうちに、すぐに親しい友人関係となった。彼の名前はドン・ヴィンチェンツォ。彼はマレット村の中に自分のブドウ畑を所有していたが、高齢のため畑の手入れが困難になってきていた。ソニアはその話に興味を惹かれ、彼に誘われてその畑を見に行くことにした。エトナのワイン産地は、山の北から東を通って南のエトナDOCの規定エリアにほぼ集中しており、エトナ山の西側にあり、エトナDOCに含まれていないマレットではワイナリーが存在するなどソニアはまったく想像していなかった。「この辺りは昔から自家消費用に農家が自分たちの畑でワインを造っていた。標高が高いから昔はブドウが十分に熟さず、産業としては発展しなかった」と男は説明した。

ドン・ヴィンチェンツォの畑に足を踏み入れた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、多様なブドウ品種で、中には樹齢100年を超えるものもあった。「これは…本当に面白い場所かもしれない! 私はここでワインを造らなければいけない。」そんな強い衝動に襲われたと彼女は当時を振り返る。「畑を少し整備させてほしい。そして9月の収穫期まで滞在して、ワイン造りの実験をさせてもらえないか」とドンに相談した。彼は快く了承したが、ひとつだけ条件を出した。「ワインを365リットル残しておいてくれ。それで毎日1リットル楽しめるからね。」こうして、ソニアのワイン造りの旅が始まった。いつの間にか、ミラノに戻るという当初の計画は、すっかり頭から消えていた。彼女はドンの使われていなかったガレージの一角を片付け、そこを自らの拠点とした。
この地域では若いワイン生産者は非常に珍しかったため、村の年配の人々はソニアが古いブドウ畑を手入れしている姿に強く心を惹かれた。人々はしばしば彼女のもとを訪れ、話しかけてくるようになった。そしてその会話の中で、自分の祖父もかつてこの地でワインを造っていたという事実をソニアは初めて知ることになる。「君はグスティネッロの孫だよね? 彼はこの村でパルメント(共同搾汁所)を営み、村人たちはそこで自家消費用のワインを造っていたんだよ。」彼女は村人に招かれて、そうした家族経営の小さな畑を頻繁に訪れるようになる。「これは本当に宝物だ。」ソニアはそう感じていた。「ぜひ、うちのブドウもあなたのワイン造りに使ってほしい」と、やがて村中からブドウが集まりはじめる。こうして、マレットで唯一の正式なワイン生産者となった。収穫の際には村人が35人以上も集まり手伝ってくれた。ソニアは祖父へのオマージュとして、ワイナリー名を彼の名前(Gustinello)の女性形グスティネッラ(Gustinella)とした。村の人々、そしてワインが繋いでくれた人間関係に感謝して、シチリアの方言で”一緒に集って何かをしよう”を意味する“Jungìmmune(ユンジムネ)”という名前をワインにつけた。
現在、ソニアは12カ所の区画で計2haのブドウを栽培している。ブドウ畑は標高1,100-1,300 mとエトナで最も高く、周りはピスタチオの畑ばかり。そのため、エトナを代表するネレッロ・マスカレーゼなどの品種はうまく育たない。その代わりに、黒ブドウはグルナッシュやアリカンテ・ブーシェ、白ブドウはグレカニコ・ドラートが中心で、他にも15種類ほど、中には品種が不明なブドウも植えられている。そして、火山性の砂質土壌のためフィロキセラが広まらず、樹齢120年を超えるブドウが多く見られる。すべてが自根である。山の西側はエトナDOCに含まれないが、近年その冷涼な気候と手つかずの高樹齢を求めて、多くの生産者が西側の畑を購入し始めている。ソニアは古来のアルベレッロ仕立てのブドウを守り、完全手作業かつ化学薬品を一切使わずに畑を管理している。


「ブドウ品種よりも、この土地を表現するワインを造りたい。地域の文化を継承していきたい」と語るソニアは、この地域の伝統に倣い、赤・白・ロゼいずれも畑に混植された複数品種を一緒に収穫・仕込む伝統的な混醸スタイルを採用。収穫は10月初旬から11月初旬にかけて、すべて手摘みで行う。醸造ではブドウのエネルギーと繊細さを表現するため、樽は使用せず、ステンレスタンク、セメントタンク、ガラス製のデミジョンなど、中立的でミクロな酸化が可能な容器を使い分けている。ごく少量のSO2を添加するのみで、他には一切の添加物を加えない。
「私がこの地に来たとき、多くの人に『マレットには何もない』と言われた。でも、私が見つけたのは、手つかずで力強い自然、そして古くから続く貴重な農業文化という宝物だった。ここには、今ではほとんど失われかけた品種が育つ、樹齢100年を超える畑があり、色彩と香り、生命力に満ち、森の中で桜やクルミの木々と絡み合うように存在していた。私はこの土地の“守り手”になることを決意し、この地の果実を、山の純粋さを映す本物の手仕事ワインへと昇華させることを使命だと思っている。」
村の歴史と伝統、村の人たちの期待と祖父へのオマージュを抱えたマレット唯一のワイン生産者・ソニア。彼女の物語は始まったばかり。
DATA
造り手:ソニア・ガンビーノ
国/地域:イタリア/シチリア
栽培面積:2 ha
