Prieuré Saint Jean de Bébian

プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアン

フランス / ラングドッグ

受け継がれる歴史、受け継ぐ覚悟

南フランス・ラングドック地方のPézenas(ペズナス)郊外に位置するPrieuré Saint Jean de Bébian(プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアン)。その歴史は古代ローマ時代にまで遡り、紀元1世紀にはローマ軍の百人隊長Bébianus(ベビアヌス)へこの地が与えられた記録が残る。1152年にはすでにブドウ栽培が行われていたことが記録され、現在もロゴに刻まれた”depuis 1152”がその長い歴史を物語っている。現在のプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンの礎を築いたのは、1960年にドメーヌを取得したAlain Roux(アラン・ルー)である。当時まだ大量生産ワインの産地と見られていたラングドックに大きな可能性を見出し、北ローヌの名門Domaine Jean-Louis Chaveからシラー、Château Rayasからグルナッシュ、Domaine Tempierからムールヴェードル、さらにChâteau de Beaucastelからも優れた系統のブドウ樹を導入。これらは現在も畑に受け継がれ、プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンを象徴する貴重な財産となっている。その後、La Revue du Vin de Franceの元経営者であるChantal Lecouty(シャンタル・ルクーティ)とJean-Claude Le Brun(ジャン=クロード・ル・ブラン)の時代を経て、ドメーヌはラングドックを代表する名門として確固たる地位を築いた。2011年にはBenoît Pontenier(ブノワ・ポンテニエ)が加わり、ドメーヌ管理責任者を経て醸造を主導。現在はオーナー兼醸造家としてワイナリーを率いている。2022年には、ロシアによるウクライナ侵攻に伴うEUの対ロシア制裁により、当時のオーナーであったロシア人実業家が制裁対象となる。ドメーヌの存続が危ぶまれるなか、ブノワは自らワイナリーを引き継ぎ、900年近く続く歴史を未来へつなぐ新たな担い手となった。

人もまた、テロワールである。 

プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンは、ラングドック地方の歴史ある町ペズナスの郊外に位置する。地中海から約20 km内陸に入ったこの地は、温暖な気候に加え、昼夜の寒暖差や風の影響を受けることで、ブドウがゆっくりと成熟する恵まれた環境にある。所有する畑は約19 ha、49もの区画に分かれ、それぞれ異なる土壌や樹齢、品種がモザイクのように広がっている。このドメーヌ最大の特徴は、極めて複雑なテロワールにある。古代の河川が運んだガレ・ルレ、石灰岩、そして南フランスでは珍しい火山性の玄武岩が同じ畑の中に共存し、それぞれがワインに異なる個性をもたらしている。ブノワ・ポンテニエは、「畑を歩けば、土壌が変わるたびにブドウの表情も変わる」と語る。そこにはグルナッシュやサンソー、ムールヴェードルをはじめ、多彩な地中海品種が植えられ、その多くはアラン・ルーの時代から受け継がれた古樹である。ブノワが畑で何より重視するのは、「ブドウ樹は決して成熟を止めてはいけない」という考え方だ。有機認証を取得し、ビオディナミの手法も取り入れながら、土壌を過度に耕さず、カバークロップや多様な植物を活かすことで、畑本来の生命力を引き出している。「草と戦ってはいけない。草のある土壌こそ自然なんだ。」という言葉には、その哲学が凝縮されている。また、近年は気候変動を見据え、シラーの比率を減らし、グルナッシュやサンソー、カリニャンなど、より地中海の環境に適した品種への植え替えを進めている。プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンにとってテロワールとは、土壌や気候だけではなく、受け継がれてきた古樹と自然環境、そして未来へ畑をつないでいく人々の営み、そのすべてを含む概念なのである。

Grands VinsからBons Vinsへ 

「自分自身が飲みたいと思うワインを造りたい。」ブノワのワイン造りはこの一言に集約される。かつてプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンは、完熟した果実や力強い抽出による重厚なスタイルでラングドックを代表するグラン・ヴァンとして名を馳せた。しかし、ブノワが目指したのは、その成功を繰り返すことではない。「ラングドックでは、過度に抽出され、熟しすぎたワインはいくらでも造ることができる。でも、それは私が飲みたいワインではない。」彼が目指すのは、「味わいに満ちていながら、飲むことそのものに喜びを感じられるワイン“Bons Vins”」。複雑さと深みを備えながらも、飲み疲れることなく自然ともう一杯飲みたくなる。それこそが、ブノワの理想とするワインである。その哲学は畑から醸造まで一貫している。「ブドウ樹は決して成熟を止めてはいけない」という考えのもと、健全なブドウを育て、醸造では過度な抽出を避け、全房発酵や大樽・古樽を用いることで、畑の個性をありのままに表現する。また、「亜硫酸は、ワインの輝きや飲み心地、旨味を失わせてしまう」と語り、可能な限り亜硫酸に頼らない醸造を実践している。そして、ブノワが何より大切にしているのがワインの余韻である。「ワインのフィニッシュはとても重要だ。それは本や映画の結末のように、人の記憶に最も残る部分だから。」飲み込んだあとに心が震え、自然ともう一口飲みたくなる。そんな余韻こそが、本当に優れたワインの証だと彼は考えている。歴史あるプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンは、その伝統を受け継ぎながらも、ブノワ・ポンテニエの哲学によって新しいラングドックの姿を描き続けている。

生産者ストーリー

【ラングドックを超え、心を動かす余韻。】

ラングドックは、フランス最大のワイン産地のひとつであり、1970年代以降は手頃な価格のデイリーワインの一大供給地として発展してきた。そのため現在でも、多くの人がラングドックに対して「親しみやすいワインの産地」というイメージを抱いている。しかし、その広大な産地には、こうした固定概念にとらわれることなく、世界最高峰のワインを追求し続けてきた生産者が存在する。その先駆者のひとつが、Prieuré Saint Jean de Bébian(プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアン)である。

ペズナス郊外に位置するプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアン。その歴史は古代ローマ時代にまで遡り、この土地に残る最初期の記録には、紀元1世紀、戦功への褒賞としてローマ軍の百人隊長ベビアヌスにこの地が与えられたことが記されている。その名が後に”ベビアン”の由来となり、1152年にはすでにこの地でブドウ栽培が行われていた記録が残されている。現在、ドメーヌのロゴにも刻まれている”depuis 1152”は、その長い歴史を象徴する言葉である。17世紀にはシトー会修道士によってSaint Jeanの修道院が建てられ、現在も歴史的建造物として敷地の中心に佇んでいる。

現在のプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンにつながる物語が大きく動き始めるのは1960年、アラン・ルーがこの土地を引き継いでからである。当時のラングドックは、大量生産ワインの産地という印象が色濃く、”偉大なワイン”を語る土地ではなかった。それでもアラン・ルーは、この場所にはフランス最高峰に並ぶワインを生み出す可能性があると確信していた。彼がまず目を向けたのは、醸造設備ではなくブドウ樹そのものだった。北ローヌの名門Domaine Jean-Louis Chaveからシラー、シャトーヌフ・デュ・パプのChâteau Rayasからグルナッシュ、バンドールのDomaine Tempierからムールヴェードル、さらにChâteau de Beaucastelからも優れた系統のブドウ樹を譲り受け、このペズナスの土地へ植えていった。それは、ラングドックという産地の可能性を誰よりも早く信じていたからこその大胆な挑戦だった。名門ドメーヌから受け継いだブドウ樹は半世紀以上の時を経た現在も畑に残り、プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンを語るうえで欠かすことのできない財産となっている。アラン・ルーの仕事によって、プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンはラングドックでも世界に通用するワインを生み出せることを証明した先駆者のひとつとなった。1990年代にはLa Revue du Vin de Franceの元経営者であるシャンタル・ルクーティとジャン=クロード・ル・ブランがドメーヌを引き継ぎ、完熟した果実と凝縮感を備えた力強いワインによって、その名声をさらに高めていく。

そして2011年、この長い歴史の中にブノワ・ポンティニエが加わる。ボルドーとモンペリエで醸造を学び、オーストラリアで経験を積んだ後、コンサルタントとしてプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンに関わったブノワ・ポンティニエは、そのままドメーヌに残った。当初はドメーヌ管理責任者としてKaren Turner(カレン・ターナー)とともに畑とワイナリーを支え、その後、徐々にワイン造りの中心を担うようになる。2016年頃から醸造を主導し、現在はオーナー兼醸造家としてドメーヌを率いている。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻を契機にEUによる対ロシア制裁が実施され、当時のオーナーであったロシア人実業家Alexander Pumpyansky(アレクサンドル・プンピャンスキー)も制裁対象となった。ドメーヌの存続さえ危ぶまれる状況のなか、ブノワ・ポンティニエはこの土地を守ることを決意する。複雑な法的手続きと交渉を経て自らプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンを引き継ぎ、900年近く受け継がれてきた歴史を未来へつなぐ役割を担うこととなった。
プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンが位置するのは、ラングドック地方の歴史ある町ペズナスの郊外。地中海から約20 km内陸に入ったこの地は、温暖な地中海性気候に恵まれながらも、昼夜の寒暖差や風の影響を受けることで、ブドウはゆっくりと成熟していく。古くからブドウ栽培に適した土地として知られ、ラングドックのなかでも特に複雑で個性豊かなテロワールを持つ地域のひとつである。現在、プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンが所有する畑は約19 ha。ラングドックのドメーヌとしては決して広大ではないが、その畑は49もの区画に分かれている。それぞれの区画で土壌や地質、樹齢、品種が異なり、まるでモザイクのように多様な個性が共存している。

このドメーヌを語るうえで欠かせないのが、その驚くほど複雑な土壌構成である。畑には、古代の河川が運んだ丸石ガレ・ルレ、ミネラル豊かな石灰岩、そして南フランスでは珍しい火山性の玄武岩が点在する。数百万年前の火山活動によって形成された玄武岩は、この地域でも限られた場所にしか存在せず、石灰岩やガレ・ルレと同じ畑の中で共存していることが、プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアン最大の特徴となっている。ブノワは、「畑を歩けば、土壌が変わるたびにブドウの表情も変わる」と語る。石灰岩はワインに伸びやかな酸と緊張感をもたらし、玄武岩はエネルギーやミネラル感、ガレ・ルレは昼間に蓄えた熱を夜間にゆっくり放出することで、グルナッシュやムールヴェードルの成熟を助ける。それぞれの土壌が異なる役割を担い、複雑で奥行きのあるワインを生み出している。そこに植えられているのは、グルナッシュ、サンソー、クノワーズ、ムールヴェードル、シラーをはじめ、グルナッシュ・グリ、ヴェルメンティーノ、ルーサンヌ、クレレットなど、多様な地中海品種である。その多くはアラン・ルーの時代から受け継がれた古樹であり、中には半世紀以上この土地に根を張り続けてきた区画も少なくない。

ブノワが畑で最も大切にしているのは、「ブドウが最後まで自然に成熟できる環境をつくること」である。畑は有機認証を取得し、現在はビオディナミの手法も取り入れながら管理されている。一方で、彼の栽培は単に認証を取得することが目的ではない。土壌を耕しすぎず、カバークロップを活用し、多様な植物が共存できる環境を維持することで、土壌本来の生命力を高めようとしている。「草と戦ってはいけない。草のある土壌こそ自然なんだ。」この言葉には、彼の畑に対する考え方が凝縮されている。かつてこの地域では一般的に雑草を取り除くことが良い畑づくりと考えられていた。しかしブノワは、草が土壌中の炭素を固定し、生物多様性を育み、地表の温度上昇を抑えることで、水分を保持しやすい環境をつくると考えている。気候変動による猛暑や干ばつが年々深刻になるラングドックでは、このような土壌づくりこそが未来のワイン造りにつながると信じている。その考えは栽培する品種にも表れている。近年、ブノワはシラーの比率を徐々に減らし、グルナッシュやサンソー、カリニャンなど、現在の気候により適した地中海品種へと植え替えを進めている。かつての成功を守るのではなく、これから数十年先のラングドックを見据えて畑を育てていくこと。それこそが、900年近く受け継がれてきたこの土地を未来へつないでいくために必要な選択だと考えている。プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンにとって、テロワールとは単なる土壌や気候ではない。長い歴史のなかで受け継がれてきたブドウ樹、変化する自然環境、そして次の世代へ畑を託そうとする人々の営み。そのすべてが重なり合って、この土地にしか生まれないワインを形づくっているのである。
「自分自身が飲みたいと思うワインを造りたい。」ブノワのワイン造りは、この一言に集約される。長い歴史を持つプリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンは、かつてラングドックを代表する”グラン・ヴァン”として名を馳せた。完熟した果実、力強い抽出、豊かなタンニン、長期熟成に耐えうる重厚なスタイル。それは当時のラングドックにおける理想であり、このドメーヌもまた、その時代を象徴する存在だった。しかし、ブノワが目指したのは、その成功を繰り返すことではない。「ラングドックでは、過度に抽出され、熟しすぎたワインはいくらでも造ることができる。でも、それは私が飲みたいワインではない。」彼は、こうしたワインを”Grands Vins(偉大なワイン)”と呼ぶ。一方、自らが目指すのはそれとは対極にあるワインである。「味わいに満ちていながら、飲むことそのものに喜びを感じられるワイン”Bons Vins”を造りたい。」それは決して品質を妥協するという意味ではない。複雑さや深みを備えながらも、気がつけばもう一杯グラスに手が伸びている。飲み疲れることなく、食卓に自然と寄り添い、飲み手に純粋な喜びをもたらすワイン。それこそが、ブノワの目指すスタイルである。その哲学は、畑仕事から醸造まで一貫している。ワインの品質はセラーではなく畑で決まるという考えのもと、最も重要視するのは、健全で完熟したブドウを収穫すること。ただし、それは糖度だけを追い求めることではない。「ブドウ樹は決して成熟を止めてはいけない。」ブドウがストレスによって成熟を止めることなく、自然なバランスのまま収穫を迎えること。それがワインに無理のない果実味とフレッシュさ、そして長い余韻をもたらすと考えている。

醸造では、必要以上にワインへ手を加えることを避ける。赤ワインではキュヴェごとに全房を積極的に取り入れ、強い抽出は行わない。色やタンニンを引き出すことを目的とするのではなく、果実が本来持つ香りや質感をそのままワインへ移していく。熟成には大樽や古樽を中心に用い、新樽の香りで個性を覆い隠すことはしない。目指しているのは樽の存在感ではなく、畑の個性が自然に表現されるワインである。また、ブノワは亜硫酸の使用についても独自の考えを持つ。「亜硫酸は、ワインの輝きや飲み心地、旨味を失わせてしまう。」そのため、可能な限り亜硫酸に頼らない醸造を選択している。もちろん、それはリスクを伴う方法でもある。その代わりに徹底した衛生管理と健全なブドウを何より重要視し、ワインが本来持つ生命力を損なわないよう細心の注意を払っている。そして、ブノワが最も大切にしているのが、ワインの余韻である。「ワインのフィニッシュはとても重要だ。それは本や映画の結末のように、人の記憶に最も残る部分だから。私が本当に届けたいのは、何の作為もないワインだけが持つ生命力だ。グラスを口に運んだ瞬間ではなく、飲み込んだあとに心が震え、自然ともう一口飲みたくなる。そんな余韻こそが、本当に優れたワインの証だと思っている。一度その感覚を知ってしまえば、型にはめられたワインには、もう戻れなくなる。」

ワインを口にした瞬間、ラングドックという産地であることを忘れる。偉大なワインは、時として産地や品種という枠組みさえ越えていく。最後に残るのは、そのワインだけが持つ個性と、心を動かされたという感覚。プリウレ・サン・ジャン・ド・ベビアンは、まさにそんな一本を生み出すドメーヌである。