Si Tu Sais

シ・トゥ・セ

フランス/ブルゴーニュ

偶然の出会いが生んだ、知る人ぞ知るSi Tu Saisの物語 

ブルゴーニュにおいて、近年ひときわ注目すべき新世代生産者のひとつが、パトリック・ジョーンストンとサラ・カー人ガムが手掛けるSi Tu Saisである。カナダ出身のパトリックは、19歳で大学進学のためロンドンへ渡り、卒業後は投資銀行を含む金融業界でキャリアを築いた。ワインの世界に入ったのは、造り手としてではなく、まず熱心な飲み手としてであった。ロンドンという国際都市で多様な銘柄に触れるなか、とりわけブルゴーニュの土地ごとの個性、造り手ごとの表現差、そして知れば知るほど奥行きを増していく文化的魅力に惹かれていった。人生の転機となったのは2017年、ロンドンで Maison Harbour の造り手と出会ったことにある。アメリカ人とカナダ人のカップルが、フランスにルーツを持たずブルゴーニュでワインを造っている。その姿は、外部の人間にもこの地で挑戦する余地があることを示していた。彼らは2017年から2020年まで毎年収穫に参加し、畑とセラーの現場で経験を積み重ねる。2020年、コロナ禍により例年の収穫チームが集まれなくなったことが独立の契機となる。周囲の栽培家から余剰葡萄の話が持ち込まれ、自らの名で仕込む機会を得たのである。初年度は4.5樽、約1,100本のみ。2021年は低収量で2樽、2022年には15樽、2023年には約25樽へと拡大し、現在は約8,000本規模、8種類前後のキュヴェを手掛けるまでに成長した。ワイナリーは Chamilly に位置する。2022年に購入した自宅のガレージを改装し、現在の醸造拠点として使用している。華美な設備を備えた大規模施設ではなく、自らの目が隅々まで届く小さな空間で、すべての樽とタンクの状態を把握しながらワインを育てている。しかし彼らは、この先も際限なく規模を拡大する考えは持っていない。生産量を追うよりも、現在の小さな規模だからこそ可能な精密な管理、自らの感覚が行き届くワイン造り、そして一本一本に責任を持てるサイズ感を守ることを選んでいる。すべての樽の位置、状態、熟成の進み方を把握できる今の規模こそが、自身の理想に最も近いと考えているのである。ワイナリー名の Si Tu Sais は、英語にすれば “If you know” の意。さらに英語圏で使われる “If you know, you know” という表現のように、知っている人だけがその価値を理解する、というニュアンスも重なる。大量生産され、広く流通するワインではない。限られた本数のなかで、その魅力を知る人々に静かに共有されていく存在である。 

偶然の出会いと時代の転機から始まり、いまや“知る人ぞ知るブルゴーニュ”として評価を高める Si Tu Sais。彼らの物語は、既存の家系や継承とは異なる、新しい時代のブルゴーニュを象徴している。

アペラシオンではなく哲学を見る、ブドウ選びと畑への視点 

Si Tu Saisは畑を広く所有するドメーヌではなく、信頼する栽培家からブドウを買い付けるマイクロ・ネゴシアンである。しかし、その仕事ぶりは単なる買い手とは一線を画す。彼が最も重視するのは、認証や知名度ではなく、「その栽培家がどのような思想で畑に向き合っているか」という点である。オーガニックやビオディナミを実践する農家との取引は多いが、認証マークそのものには過度な価値を置かない。どのような土壌管理を行い、何を目指し、どのようなブドウを育てたいと考えているか。その哲学に共感できる相手とだけ仕事をしている。この姿勢はブルゴーニュにおいて極めて現代的である。一般にこの地ではアペラシオン名が絶対的な価値を持つ。しかし彼らは、高名な村名であることより、適正価格で素晴らしいブドウが買えるかどうかを優先する。価格が過熱した著名アペラシオンに固執するのではなく、コート・シャロネーズやマコン、まだ過小評価される区画に目を向け、そこから質の高いワインを生み出すことに価値を見出している。近年、彼が標高の高い区画を積極的に探しているのも、温暖化への問題意識ゆえである。暑い年でも酸を保持し、タイトでミネラル感のあるワインを造るため、従来以上に高標高の畑へ注目している。Rully の高台区画 Les Cailloux などは、その象徴的存在である。収穫は可能な限り自らのチームで行うが、日程や人員の都合で難しい場合は、栽培家と綿密に協議し収穫日を決定する。ブルゴーニュでは他産地のように同一区画を何度も分けて摘むことは比較的少なく、一度の判断が品質を大きく左右する。そのため、生産者との信頼関係が極めて重要になる。また、ロゴはサラが手掛け、ラベル写真には収穫時に畑から見上げた空の表情が使われる。収穫という一年で最も美しい瞬間を記録し、ワインへ封じ込めるという感性もまた、Si Tu Saisの魅力である。 

緻密さと躍動感を備えた、モダン・ブルゴーニュの実践者 

彼らがワインに求める味わいとして繰り返し語る言葉は、Clean(清らかで雑味がない), Vibrant(躍動感があり生き生きとしている), Precise(輪郭が明確で精密) である。自身の立ち位置を、クラシックなブルゴーニュ生産者と、極端なナチュラルワイン生産者の中間にある “モダン・ブルゴーニュ” と捉えている。自然なアプローチを尊重しながら、揮発酸や過度な不安定さに頼らず、透明感と精度を備えたワインを造る。それが Si Tu Saisの明確な方向性である。SO2 は必要最小限のみ使用。清澄や濾過も基本的に行わない。見た目を整えるための介入より、ブドウそのもの、畑そのものの表現を優先するからだ。白ワインはすべて樽発酵。熟成中はトップアップを行い、酸化的なニュアンスを避けながら澱とともにゆっくり育てる。バトナージュは行わず、果実の純度と輪郭を保つことを重視する。さらに瓶詰め前にはタンクで休ませ、香味要素を一体化させてからリリースする。赤ワインは100 %全房発酵。ゆえに使用する果実は徹底した選果を経た健全な房のみとなる。抽出は極めて穏やかで、パンチングダウンも発酵全体で2回程度。色やタンニンを強く取りに行くのではなく、香り、旨味、複雑性、しなやかな質感を引き出すことを目的としている。全房由来のハーブやスパイスのニュアンスも、果実へのアクセントとして積極的に活かす。味わいの表現において彼らが強い信頼を寄せているのが Chassin(シャッサン) の樽である。もともとは親しい生産者のワインを試飲した際、その質感や果実との調和の美しさに感銘を受けたことがきっかけだった。実際に導入してみると、自らのワインにも非常に高い相性を感じ、それ以降は継続して使用している。木樽の存在を過度に主張するのではなく、果実味やフローラルさを引き立て、自然な立体感と繊細なスモーキーさを与えてくれる点を高く評価している。彼らが目指すのは、最初の一杯だけ強い印象を与えるワインではない。二杯目、三杯目と飲み進めるほどに惹き込まれ、気づけば深みに嵌っていくワインである。派手さより余韻、力強さより引力。小さなガレージでストーリーを紡いでいるSi Tu Saisは、いまやブルゴーニュの未来を静かに示す存在となりつつある。伝統を理解しながら、その先へ進もうとする新世代のブルゴーニュである。 

生産者ストーリー

偶然が生んだ”知る人ぞ知る” モダン・ブルゴーニュの実践者 

ブルゴーニュといえば、代々受け継がれる畑、家族経営のドメーヌ、そして血統や継承の物語が思い浮かぶ。しかし近年、この伝統的な世界観と並行して、新たな潮流が静かに存在感を高めている。自ら広大な畑を所有するのではなく、信頼する栽培家から優れたブドウを買い付け、小規模かつ高精度なワイン造りを行うマイクロ・ネゴシアンたちの台頭である。既存の序列やアペラシオンの名声だけに頼らず、畑の質と造り手の感性で勝負する。その新世代ブルゴーニュのなかでも、いま特に注目すべき存在のひとつが Si Tu Sais である。ワイナリーを手掛けるのは、パトリック・ジョーンストンと、妻サラ・カーニンガム の二人。醸造だけでなく、ラベルデザインやブランドの世界観に至るまで、夫婦で築き上げているプロジェクトである。

私たちがこのワイナリーと出会ったのも、偶然の縁からだった。スペインのインポーターと話していた際、「ブルゴーニュに行くなら、ぜひ訪ねるべき素晴らしい若手生産者がいる」と紹介されたのが Si Tu Sais だった。すぐに連絡を取り、現地訪問が実現した。実際にワインを味わい、二人の話を聞いたとき、そこには従来のブルゴーニュ像とは異なる、現代的で自由な価値観が確かにあった。

パトリックはカナダ出身。19歳で大学進学のためロンドンへ渡り、その後は投資銀行を含む金融業界でキャリアを築いた。もともとワインを造る人生を目指していたわけではない。ロンドンという世界有数のワイン都市で、多様なワインを飲み、学び、その奥深さに惹かれていった一人の愛好家だった。転機となったのは2017年。ロンドンでサヴィニー・レ・ボーヌの造り手Maison Harbourと出会う。「アメリカ人とカナダ人のカップルが、フランスにルーツを持たずブルゴーニュでワインを造っている。その姿に衝撃を受けた。ブルゴーニュとは、代々畑を継ぐ者だけの世界ではないのか。外部の人間でも、この地で挑戦できるのか。」その問いが、彼の人生を動かした。以後、パトリックは2017年から2020年まで毎年収穫に参加し、畑とセラーで経験を積んだ。さらにWSET Diplomaで理論も学んだが、本人は「知識として学ぶことと、自分で造ることはまったく違った」と語る。ワインは頭だけでなく、手と感覚で学ぶものだった。

そして2020年、コロナ禍がすべてを変える。例年ブルゴーニュに集まっていた収穫チームが来られなくなり、現場の人手も不足した。同時に周囲の栽培家から余剰ブドウの話が持ち込まれる。そこで二人は、自らの名でワインを仕込む決断をする。初年度はわずか4.5樽、約1,100本のみ。2021年は低収量で2樽、2022年には15樽、2023年には約25樽へと成長し、現在は約8,000本、8種類前後のキュヴェを手掛けるまでになった。ワイナリーは Chamillyにある。2022年に購入した自宅のガレージを改装し、現在の醸造拠点として使用している。華やかな設備とは無縁だが、その小ささこそが彼らの強みである。すべての樽の状態を把握し、一本一本に責任を持てる規模だからだ。今後も大きく生産量を増やす考えはなく、この極小規模のスタイルを維持する予定だという。

その哲学はブドウ選びにも表れている。彼らが見ているのはアペラシオン名や認証マークではない。栽培家が何を考え、どのような畑仕事をし、どのようなブドウを育てたいのか。その思想に共感できるかを最も重視している。だからこそ、Mâcon、Rully、Pernand-Vergelessesなど、既存の序列に縛られない魅力的な土地からワインが生まれる。醸造スタイルも明快である。パトリックが繰り返し語る言葉は、Clean(清らかで雑味がない), Vibrant(躍動感があり生き生きとしている), Precise(輪郭が明確で精密)。自分たちの立ち位置を、クラシックなブルゴーニュと極端なナチュラルワインの中間にある”モダン・ブルゴーニュ”と表現する。醸造はできる限り低介入で、クリーンで本質的な味わいの表現を目指す。白はすべて樽発酵、赤は100 %全房発酵。亜硫酸は最小限のみ使用し、清澄や濾過も基本的に行わない。ワイナリー名の Si Tu Saisは、英語にすれば “If you know”。 ワイナリー名の Si Tu Sais は、英語にすれば “If you know” に近い意味を持つ。そこには二つのポジティブなメッセージが込められている。ひとつは、ブルゴーニュをはじめワインの世界には、アペラシオンの仕組みや土地ごとの個性、生産者ごとの哲学など、最初は複雑で難しく感じられる側面がある一方、きちんと学び、その背景を知れば知るほど(if you know)、より深く、より楽しく、そして奥行きある世界が見えてくるということ。知識は敷居ではなく、楽しみを広げる鍵であるという思想だ。もうひとつは、英語圏で使われる “If you know, you know” という表現にも通じるニュアンスである。現在の生産量は約8,000本と極めて小規模で、広く大量に流通するタイプのワインではない。限られた本数のなかで、その価値を知る人々のあいだで静かに共有されていく、まさに“知る人ぞ知る存在”である。

伝統あるブルゴーニュのなかで、新しい時代の小さな才能が静かに育っている。Si Tu Sais は、その象徴と言えるだろう

DATA

造り手:パトリック・ジョーンストン、サラ・カーニンガム

国/地域:フランス/ブルゴーニュ