Stefano Occhetti

ステファノ・オケッティ

イタリア / ピエモンテ

戻るべき場所でゼロからの出発

ステファノ・オケッティは、イタリア・ピエモンテ州ロエロ地区、モンテウ・ロエロ村に生まれ育った。祖父母はもともとこの土地で農家を営んでおり、他のワイン生産者や協同組合へとブドウを販売していた。「幼いころはブドウ畑が身近にあることが当然で、遊び場程度にしか思っていなかった」と語るステファノ。大学で工学を学び、エンジニアとしてキャリアをスタート。その後、MBAを取得し、ローマ、パリ、さらにノルウェー・スタヴァンゲルといった欧州主要都市で約10年間、国際的な企業環境に身を置いてきた。その一方で、彼の原点には常に故郷ロエロの風景があった。「大人になって改めて畑に立ったとき、祖父母の代から続く畑に対して家族や近隣農家が黙々と向き合ってきた土地の厳しさと尊さを強く意識するようになった。」企業での安定したキャリアを積みながらも、彼の中でいずれ戻るべき場所”は明確だった。「父は建設業をしていたから、畑は決して中心ではなかった。自分はワインを飲む側だったから、頭では分かっているつもりだった。でも祖父の畑に戻ってみて、何も分かっていなかったことに気づいた。それがとても刺激的だったんだ。」瞬く間にブドウ畑の世界に引き込まれ、3カ月間畑で過ごしたのち、彼は後戻りしないと決意する。2019年、ステファノは大企業での生活に区切りをつけ、ワイン生産者としての人生を選択する。最初の年に耕作した畑は約1 ha、生産量はわずか4,000本。ほぼ一人で畑とセラーを切り盛りし、剪定は叔父から学び、醸造は友人の醸造家に助言を仰ぎながらの、文字通りゼロからの出発だった。2022年には妻ジュリアが加わり、ワイナリーは完全な家族経営となった。工学的思考と経営感覚、そして土地への強い帰属意識を併せ持つ彼の背景は、現在のワイン造りのあらゆる局面に色濃く反映されている。

バローロの重厚さでも、バルバレスコの緊張でもない。透明感のロエロ

アルバ市の北西に位置し、タナロ川左岸の丘陵地帯に広がるDOCGワイン産地ロエロ。バローロ、バルバレスコよりブドウ栽培地としては長い歴史を持つが、ワイン産地としてはあまりに偉大で著名な2つの後塵を拝してきた。これらの産地に対してタナロ川の対岸に位置するロエロは土壌中の砂の比率が高く、仕上がるワインは香り高く、繊細なタンニンが特徴。内陸性気候、昼夜の寒暖差、標高約300 mという条件が相まって、高い酸を保つブドウが育つ。近年、ワインおよびブドウ価格の高騰により、バローロやバルバレスコでは栽培面積が拡大し、植えられない場所にはヘーゼルナッツが広がる。一方、ロエロでは、今なお森林や果樹園(アプリコットや洋梨など)が多く残り、生物多様性に富んだ景観が保たれている。森林に囲まれた環境は、畑に明確な冷涼さに起因する個性をもたらす。オケッティは現在4.8 haの畑を所有。多くの区画は傾斜がきつく、機械が入らないため、作業の大部分は手作業となる。平均樹齢は約50年で、特にサンケおよびオケッティの区画では70年を超える古樹も珍しくない。これらの畑は、ロエロという産地の本質を体現する存在である。ロエロ・コンソルツィオ会長のフランチェスコ・モンキエーロはDecanter誌において『ロエロでは2014年から2018年にかけて、若い世代が、かつてバルク販売をしていた親世代から引き継ぐ形で、新しいワイナリーが大きく増えた。なかでもステファノ・オケッティは、まさにこの新世代を代表する優れた例である」と絶賛している。

物語を表現するワイン造り 

ステファノ・オケッティのワイン造りの根幹にあるのは、「ワイン造りはストーリーである」という明確な哲学。「ワインはその年、その土地、その造り手を反映し、その液体の奥にストーリーがある。私はそのようなストーリーを表現したい」と語る。そのため彼のラベルではその年の物語が語られる。彼にとってワインは、技術の誇示でも、スタイルの模倣でもない。あくまでロエロという土地が持つ表情を、どれだけ誠実に瓶の中へ移し替えられるか、その一点に集約される。主軸品種はネッビオーロ。彼はロエロのネッビオーロを「フレッシュさと構造を併せ持つ存在」と捉え、バローロの重厚さでも、バルバレスコの緊張でもなく、ヴァルテッリーナに通じる軽やかさと透明感を重視する。そのため、法的には「ランゲ・ネッビオーロ」と表記せざるを得ないワインについても、「本来はロエロ・ネッビオーロと呼ぶべきだ」と考え、産地表現への強いこだわりを示している。醸造においては、自然発酵を基本とし、コンクリートタンクを主体に使用する。サンケのネッビオーロでは、砂質由来の柔らかなタンニンを考慮し、果帽を沈める手法を採用するなど、区画ごとの性格に応じた細かな調整が行われる。熟成は大樽中心で、新樽比率は極めて低い。熟成期間もキュヴェごとに異なり、最上位は30カ月超、フレッシュさを重視するキュヴェは16カ月程度に抑えられる。「私はワインに複雑性を求めているが、その複雑性とは単なるボディや濃縮度ではない。香りの幅、ニュアンスの重なり、飲み進める中での表情変化こそが重要だと考えている。」その考えは、ロエロという産地の控えめだが奥行きのある個性と見事に重なる。ステファノ・オケッティのワインは、まだ物語の途中にある。しかし、工学的思考、経営感覚、そして土地への深い敬意が結びついたその哲学は、今後さらに明確な輪郭を持って語られていくだろう。

生産者ストーリー

【多くを語られてこなかった砂質丘陵ロエロの新章。元エンジニアの精度で古樹の物語を描く。】

ステファノ・オケッティは、ピエモンテ州ロエロ地区モンテウ・ロエロ村に生まれ育った。祖父は1950年代からこの地でブドウ栽培を行い、長らく協同組合へブドウを供給してきた農家である。家族にとって畑は常に身近な存在だったが、それはワイン造りの現場というより、生活の一部であり、風景の一部であった。ステファノ自身は、当初ワインの道を志していたわけではない。大学卒業後はエンジニアとしてキャリアを積み、パリ、ローマ、そしてノルウェーと、国際的な環境の中で仕事に従事してきた。論理と構造、効率性が求められる世界で経験を重ねる一方、故郷ロエロとの距離は物理的にも心理的にも広がっていった。「大人になって改めて畑に立ったとき、祖父母の代から続く畑に対して家族や近隣農家が黙々と向き合ってきた土地の厳しさと尊さを強く意識するようになった。」企業での安定したキャリアを積みながらも、彼の中で”いずれ戻るべき場所”は明確だった。「父は建設業をしていたから、畑は決して中心ではなかった。自分はワインを飲む側だったから、頭では分かっているつもりだった。でも祖父の畑に戻ってみて、何も分かっていなかったことに気づいた。それがとても刺激的だったんだ。」瞬く間にブドウ畑の世界に引き込まれ、3カ月間畑で過ごしたのち、彼は後戻りしないと決意する。2019年、ステファノは大企業での生活に区切りをつけ、ワイン生産者としての人生を選択する。醸造学の正式な教育もなく、十分な設備もない状態からの再出発だったが、彼はそれを不利とは捉えていなかった。「僕は醸造学校出身じゃない。正直に言えば、ずっと飲み手だった。でも、ロエロのネッビオーロがどうあるべきか、はっきり分かっていた。」自宅地下の小さなガレージを改装し、即席のセラーとして使った。試行錯誤の連続だったが、彼はその環境を否定しない。「ワイン造りはとても楽しかった。もし失敗して酢を造っていたとしても、セラーでは気分が良かったと思うよ。でも、目的はワインを造ることだった。」

ロエロはタナロ川左岸に広がる丘陵地帯で、対岸にはバローロ、バルバレスコというピエモンテを代表する二大産地が位置する。ブドウ栽培の歴史はローマ時代以前にまで遡るが、長らく混合農業地帯として発展してきたため、ワインは地域消費を目的とした存在にとどまっていた。DOC認定は1985年、DOCG昇格は2004年。制度化の遅れは、品質の問題ではなく、”語られてこなかった産地”であったことを示している。土壌はランゲとは明確に異なり、海成由来の砂質土壌が主体。Rocche(ロッケ)と呼ばれる侵食された断崖地形が点在し、ブドウ樹は自然と収量を抑えられ、ワインには軽やかさと芳香がもたらされる。ロエロ・コンソルツィオ会長のフランチェスコ・モンキエーロは次のように語っている。「ロエロでは2014年から2018年にかけて、若い世代が、かつてバルク販売をしていた親世代から畑を引き継ぎ、新しいワイナリーが大きく増えた。なかでもステファノ・オケッティは、まさにこの新世代を代表する優れた例である。」故郷ロエロを見つめる中で、ステファノは今、自身の目標とロエロがもたらすものを明確に捉えている。「ロエロはフレッシュさがありながら、骨格もある。もしかしたらバルバレスコよりもヴァルテッリーナに近いかもしれない。」その考えから、彼は「ランゲ・ネッビオーロ」ではなく「ロエロ・ネッビオーロ」と表記できるよう、法規と向き合っている。

ステファノの畑の総面積は4.8 haでそのうち3 haにブドウが植えられている。その内訳は極めて個性的だ。中心となるのは、80年以上にわたり家族が所有してきたオケッティの畑と、自宅近くに位置するサンケの畑である。畑全体の平均樹齢は40-50年で、オケッティやサンケには75年を超える古樹が植えられている。特にサンケはロエロ屈指の急斜面で、トラクターが入れず、すべての作業を人力で行わなければならない。畝幅は約1 mと極めて狭く、乾燥と侵食に耐えながら、ブドウ樹は化石を多く含む堆積土壌の奥深くへ根を伸ばしている。一方、オケッティは石灰質主体の比較的滑らかな土壌で、カバークロップも導入している。「畑に立てば分かる。この土地が、どんなネッビオーロを望んでいるかを。私にとって畑は、管理対象ではなく、対話の相手である。」

栽培はオーガニックアプローチを基本とし、除草剤は使用しない。ビオディナミ認証は取得していないが、彼自身は”BD-curious”という言葉を用いる。「現在はビオディナミに関心を持ち、学び、試行している段階。ビオディナミだから優れているかは現時点では判断できない。盲目的に採用するのではなく、実験的に取り入れ、効果があると思ったものは採用し、学び続けていきたい」と自身のアプローチを説明する。エンジニア出身の実証主義の彼の性格が感じられる。同時に彼の仕事には、古樹を維持するための剪定、収量抑制、病害リスク管理など派手さはないが、畑と対話するような細やかな作業が積み重ねられている。効率や規模とは無縁で、ロエロの地形と土壌がもたらす制約そのものを、ワインの個性へと昇華させている。

醸造においては、自然発酵を基本とし、コンクリートタンクを主体に使用する。サンケのネッビオーロでは、砂質由来の柔らかなタンニンを考慮し、果帽を沈める手法を採用するなど、区画ごとの性格に応じた細かな調整が行われる。熟成は大樽中心で、新樽比率は極めて低い。熟成期間もキュヴェごとに異なり、最上位は30カ月超、フレッシュさを重視するキュヴェは16カ月程度に抑えられる。「私はワインに複雑性を求めているが、その複雑性とは単なるボディや濃縮度ではない。香りの幅、ニュアンスの重なり、飲み進める中での表情変化こそが重要だと考えている。」その考えは、ロエロという産地の控えめだが奥行きのある個性と見事に重なる。

「私にとってワイン造りは”単なる仕事”以上のもの。物語を語ることは、ほとんどゲームのようなもの。でもそれは真剣なゲームで、背景にあるストーリーを伝えるためのもの。毎年、新しい章を書いているんだ。」2022年にはワイナリーが本格稼働し、妻もフルタイムで参加。真の家族経営となった。「小さなチームだよ。でも、それで十分だと思っている。」彼の物語はまだ始まったばかり。しかし、その学習速度と感受性の高さは、すでにワインの中に明確に表れている。それぞれのボトルには、その年のロエロと、ステファノ自身の思考の軌跡が刻まれている。私たちはその物語を、グラスの中から静かに読み取ることができる。

DATA

造り手:ステファノ・オケッティ

国/地域:イタリア/ピエモンテ

栽培面積:3 ha