Wachstum König

ヴァクストゥム・クーニヒ

オーストリア/シュタイヤーマルク

失われた家族の土地を、もう一度自らの手に 

Wachstum König(ヴァクストゥム・クーニヒ)の本拠地は、南シュタイヤーマルクのSausal(ザウザル)に位置するKittenberg(キッテンベルク)。Herbert König(ヘアバート・クーニヒ)の曾祖父がスロヴェニアから移住し、祖父Friedrich König(フリードリヒ・クーニヒ)が急斜面を開墾。土壌を研究しながらブドウや果樹を植え、現在の農園の礎を築いた。しかし、ヘアバートが幼い頃、フリードリヒの後を継いだ父が畑でのトラクター事故により突然この世を去ったことで、家族のワイン造りは大きな転機を迎える。母Magdalena(マグダレーナ、愛称アニ)は農園を守るため、一部のブドウ畑をWeingut Polz(ヴァイングート・ポルツ)へ貸し出した。こうして畑は残ったものの、家族自身によるワイン造りは一度途絶えることになる。ヘアバートはそのポルツで約8年間醸造経験を積み、Graz(グラーツ)の飲食の現場も経験。そして再び家族の土地へと目を向ける。父の死後、家族の手を離れていた畑を少しずつ買い戻し、自ら耕すことを決意。2020年、約1 haから家族としてのワイン造りを再開した。現在は弟と母アニとともに、約4 haのブドウ畑と約3 haの果樹園を手掛けている。「Wachstum」とはドイツ語で「成長」「育つこと」を意味する。彼らが目指すのは規模の拡大ではなく、一度家族の手を離れた土地を再び受け継ぎ、健全な農場として育て、次の世代へ渡していくこと。その名前には、クーニヒ家の歴史そのものが重なっている。 

古樹と果樹が息づく、標高500 m、急斜面の生きたテロワール 

ヴァクストゥム・クーニヒの本拠地ザウザルは、南シュタイヤーマルクの中でも特異な地質を持つ。周囲に比較的若い堆積岩が広がる中、非常に古い変成岩類が地表に現れ、フィライト質の片岩や緑色片岩などのシスト系土壌が複雑に分布する、いわば「古いシストの島」である。気候面では、北からアルプス由来の冷たい空気が流れ込む一方、南からはアドリア海方面の温かく湿った空気の影響を受ける。この異なる気団が交わることで降水量が多く、激しい雷雨や雹も発生しやすい。標高約500mに位置するクーニヒ家の畑は最大傾斜約70%。片理や亀裂に富むシスト系の岩盤と急斜面によって余分な水が排出されやすく、標高と冷気による昼夜の寒暖差もブドウの成熟を支えている。しかし、ヘアバートが考えるテロワールは土壌や気候だけではない。約3haの果樹園には洋梨、マルメロ、サクランボが育ち、草花の間を6頭の羊が歩く。バイオディナミックを取り入れながら、ブドウ、果樹、動物、土壌、人間までをひとつの「農場という生命体」として捉えている。さらに、若い区画でも樹齢は約30年、多くは40〜60年以上。フラムベルクでは、抜根される寸前だった樹齢約70年のブラウアー・ヴィルトバッハーの畑を引き継いだ。古樹や果樹を単なる生産手段ではなく、土地に刻まれた農業の記憶として守り、次世代へつないでいく。その農場全体こそが、彼の考えるテロワールなのである。 

急がない。550年のセラーで、ワインが自ら完成するのを待つ 

ヘアバートのワイン造りは極めて低介入だが、その背景にはポルツで約8年間培った醸造経験がある。技術を知らないから何もしないのではなく、ブドウの個性を変えすぎないために「何をしないか」を選択している。収穫は手作業。全房を主体に足で踏み、自然発酵。白ワインでも果皮との接触を取り入れるが、その期間や方法は品種やブドウの状態に応じて変える。圧搾後は古い木樽へ移し、多くのワインを澱とともに約2〜3年間熟成。ポンプの使用を極力避け、重力を利用し、無清澄、無濾過、SO₂も基本的に添加しない。SO₂に頼らない代わりに重要となるのが「時間」である。長期間樽の中で熟成させることで、発酵後のワインがゆっくりと落ち着き、微生物的にも化学的にも安定した状態へ向かうのを待つ。短期間でワインを仕上げ、SO₂によって安定させるのではなく、十分な熟成期間そのものを安定化のプロセスとして捉えている。 

ヘアバートが「圧搾と瓶詰めが、ほとんど唯一の介入」と語るように、人間がワインを完成させるのではなく、ワイン自身が必要とする時間を与え、その変化を見守ることが彼の醸造の根幹にある。その結果、長い熟成の中で果実、酸、フェノール、澱由来の要素が徐々につながり、若い段階の華やかな品種香だけではない、複雑な香りや旨味、独特のテクスチャーが形成されていく。彼が求めているのは、ブドウを収穫した翌年に完成するワインではなく、時間をかけることで品種そのものの個性を越え、その土地の輪郭がゆっくりと現れてくるようなワインである。提供時には「Tornado-Karaffieren(トルネード・カラフィーレン)」と呼ぶ大胆なデキャンタージュを推奨する。瓶を開けた瞬間を完成形とするのではなく、空気に触れ、時間とともに香りや味わいがほどけていく変化までを一本のワインの一部として考えている。そして、この考え方はワインだけに限らない。ヘアバートは「私にとってノンアルコール飲料は、ワインより劣るものではない」と語り、農園で育つ洋梨などから造るノンアルコール飲料にも、一つの完成された飲み物としての複雑性と食中での存在感を求めている。 

ワインであってもノンアルコール飲料であっても、農場で育ったものを過度に加工せず、それぞれが持つ個性を尊重する。ヴァクストゥム・クーニヒにとって低介入とは目的やスタイルではなく、土地から得たものをできる限りそのまま飲み手へ届けるための手段なのである。

生産者ストーリー 

【失われかけた家族の土地に、もう一度未来を育てる】 

Wachstum König(ヴァクストゥム・クーニヒ)の本拠地は、オーストリア南部、南シュタイヤーマルクのザウザルに位置するキッテンベルク。その物語は、ヘアバート・クーニヒの曾祖父がスロヴェニアからこの地へ移住したことに始まる。現在の農園の礎を築いたのは、祖父フリードリヒだった。フリードリヒは単なる農家ではなく、ブドウや果樹栽培の先駆者であると同時に、土壌物理やpH、植物と土地の関係について研究を重ね、その知見を著書として残した人物でもある。急峻な斜面を開墾し、ブドウだけでなく、洋梨、マルメロ、サクランボなどさまざまな果樹を植えた。現在のヴァクストゥム・クーニヒに見られる「ブドウだけではなく、農場全体を見る」という考え方は、すでに祖父の時代から始まっていた。その農園を父が受け継ぐが、畑での作業中、トラクターの転倒事故によって突然この世を去る。その後、家族の土地を守り続けたのが母マグダレーナ(愛称アニ)だった。自ら農園を維持しながら、一部のブドウ畑を南シュタイヤーマルクの名門ヴァイングート・ポルツへ貸し出すことで、次の世代へと土地をつないでいった。 

ヘアバートは、すぐに家業へ戻ったわけではない。ワイン造りを学び、ポルツでは約8年間セラーの仕事に携わった。Erich Polz(エーリッヒ・ポルツ)とWalter Polz(ヴァルター・ポルツ)を自身のメンターと振り返るほど大きな影響を受け、南シュタイヤーマルクを代表するワイナリーの現場で醸造経験を積んだ。さらに彼のキャリアを特徴づけるのが、Graz(グラーツ)での飲食業の経験である。レストランやワインバーなどの運営にも関わった。実際に料理と飲み物が提供される場所で働き、世界各地のワインに触れると同時に、「飲み物が料理の中でどう機能するのか」という感覚を磨いていった。この経験はワインだけでなく、現在手掛けるノンアルコール飲料にもつながっている。彼にとって重要なのはアルコールの有無ではなく、一杯の飲み物として料理に寄り添えるだけの酸、香り、テクスチャー、余韻を備えているかどうかなのである。やがてヘアバートの関心は、再び家族の土地へと向かう。父の死後、ポルツへ貸し出していた畑を徐々に買い戻すことを決意し、自らの手で再び耕し始めた。2020年、約1 haから自身のワイン造りを本格的にスタート。現在は弟のKarl-Heinz(カール=ハインツ)、母アニとともに、外部プロジェクトを含めて約4 haのブドウ畑と約3 haの果樹園を手掛ける。年間のワイン生産量は通常でも約5,000本。2023年は特に収量が少なく、3,000本にも満たなかった。 

「Wachstum」とは、ドイツ語で「成長」「育つこと」を意味する。しかし、ここでいう成長とは、畑を増やし、生産量を上げ、事業規模を拡大していくことではない。植物、動物、人間が健全な関係の中で循環し、土地に根差した農場そのものが持続的に発展していくこと。そして健康な土壌と農場を、自分たちの世代だけで消費することなく次の世代へ渡していくこと。ブドウも、果樹も、羊も、草花も含め、この場所で生きるものすべてが健全に「育ち続ける」ことこそ、ヴァクストゥム・クーニヒという名前に込められた思想なのである。 

ヴァクストゥム・クーニヒを理解するうえで欠かせないのが、本拠地ザウザルの特異な自然環境である。南シュタイヤーマルクの中でもザウザルは地質的に独特で、周囲に比較的若い堆積岩が広がる中、非常に古い変成岩類が地表に現れる。フィライト質の片岩や緑色片岩など、Schiefer(シーファー)と呼ばれるシスト系の地質が複雑に分布することから、周囲の若い地質の中に残された「古いシストの島」と捉えることができる。一方、南シュタイヤーマルクは雨の多いワイン産地でもある。アルプスと地中海からの気候的影響が交差し、生育期にもまとまった降雨があるほか、激しい雷雨や雹に見舞われることも少なくない。そのため、この地域の生産者にとって重要なのは単純に「水を得ること」ではなく、過剰な水分、湿度による病害、そして雹とどう向き合うかである。

 クーニヒ家の農園は標高約500 mに位置し、畑の最大傾斜は約70 %にも達する。キッテンベルクでは片理や亀裂に富むシスト系の岩盤が水の通り道を形成しやすく、急斜面と組み合わさることで、雨の多い環境でも余分な水が排出されやすい。さらに標高による昼夜の温度差も、この土地でブドウが成熟していくうえで重要な条件となっている。しかし、ヘアバートが考えるテロワールは、土壌や標高といった数値だけでは完結しない。農園には約3 haの果樹園があり、洋梨、マルメロ、フォーゲルキルシェと呼ばれる野生系のサクランボなどが育つ。ブドウ畑の地表には多様な草花が生え、その間を6頭の羊が歩く。ヘアバートは、ブドウだけを切り離して管理するのではなく、果樹、草花、動物、人間、土壌までを含め、農園全体をひとつの「Hoforganismus(ホーフオルガニスムス)=農場という生命体」として捉えている。そのため2019年から、栽培にはバイオディナミックの考え方を取り入れ、Hornmist 500、Hornkiesel 501、スギナ、ヤロウ、イラクサなどを使用している。しかし、彼にとってバイオディナミックはワインを説明するためのラベルではない。農場の循環を整え、植物がその土地の環境に適応しながら健全に育つためのひとつの手段である。

そして、クーニヒ家の畑を特徴づけるもうひとつの要素が古樹だ。ヘアバートによれば、若い区画でも樹齢は約30年。多くの畑には40-60年、あるいはそれ以上の年月を生きてきたブドウ樹が残されている。Flamberg(フラムベルク)のBlauer Wildbacher(ブラウアー・ヴィルトバッハー)は家族が引き継いできた畑ではない。樹齢約70年、約0.5haの古い畑が抜根されると聞いたヘアバートは、当初畑を拡大する予定がなかったにもかかわらず、この区画を引き継ぐことを決めた。彼にとって古樹は、単に収量の少ない希少なブドウ樹ではない。何十年もの時間をかけてその場所に適応し、前の世代から受け継がれてきた農業の記憶そのものである。古樹も、果樹も、羊も、そこに生える草花も含めて守ること。その全体がヴァクストゥム・クーニヒの考える「テロワール」なのである。

ヘアバートのワイン造りは、極めて低介入でありながら、その背景にはポルツで約8年間培ったプロフェッショナルな醸造経験がある。技術を知らないから何もしないのではない。醸造によって何ができるのかを理解したうえで、ブドウが持っている個性を変えすぎないために「介入を少なくするためにどうするか」を選択している。収穫は手作業で行い、全房を主体に使用する。ブドウは足で踏みながら穏やかに果汁を引き出し、自然発酵。白ワインでもマセラシオンを積極的に取り入れるが、すべてを同じ方法で造るわけではない。Sauvignon Blanc Wieseでは約7-9日、Welschriesling Sonneでは約17日間マセラシオンする一方、Morillon Sonneでは約3日間。そしてMuskateller Sommerでは、100 %全房のブドウをクヴェヴリに入れ、約1年間という極めて長いマセラシオンを行う。つまり「低介入」という言葉のもとに、すべてのワインを同じレシピで造っているわけではない。ブドウの状態、品種、それぞれのワインが必要とする時間を見ながら、醸造方法そのものを変えている。圧搾後は古い木樽へ移し、多くのワインを澱とともに約2-3年間熟成させる。ワインを移動する際にもポンプを極力使用せず、重力を利用する。無清澄、無濾過、SO₂も基本的に添加しない。ヘアバート自身が「Pressung und Füllung sind die einzigen zwei Eingriffe――圧搾と瓶詰めが、ほとんど唯一の介入だ」と表現するように、人間がワインを完成させようとするのではなく、ワイン自身が必要とする時間を与えることを重視している。彼が求めているのは、若いうちに品種の華やかな香りだけを表現することではない。長い澱熟成の中で、果実、酸、フェノール、酵母由来の要素が徐々につながり、ひとつのワインとして落ち着くまで待つ。そのため完成したワインには、果実味だけではなく、独特のテクスチャーや旨味、複雑な香りのレイヤーが生まれる。

提供時に「Tornado-Karaffieren(トルネード・カラフィーレン)」と呼ぶほど強いデキャンタージュを推奨するのも特徴的だ。瓶を開けた瞬間を完成形と考えるのではなく、空気に触れ、時間とともに香りや味わいがほどけていく変化まで含めて一本のワインと考えている。そして、この思想はワインだけに向けられたものではない。グラーツの飲食の現場を経験したヘアバートにとって、ノンアルコール飲料はワインより下位の存在ではない。「私にとってノンアルコール飲料は、ワインより劣るものではない」と語るように、高樹齢の果樹から生まれるノンアルコール飲料にも、一つの完成された飲み物としての複雑性と食中での存在感を求めている。ワインであっても、ノンアルコール飲料であっても、彼が行っていることの根底は変わらない。農場で育ったものを過度に加工するのではなく、それぞれが持っている個性を尊重し、飲み物として完成するまで必要な時間を与える。

ヴァクストゥム・クーニヒにとって低介入とはスタイルでも目的でもない。それは、農場から得たものをできる限りそのまま次の人へ渡すための手段なのである。